見出し画像

妄想烈車は日本海をゆく 〜チタンと萌葱色のレジ袋〜

今日もリビングの窓から外をぼんやりと眺める。となりの屋根に積もった雪の嵩が昨晩からの降雪量だ。

雪かきの捨て場がないから庭の脇には小さな山ができている。

一息ついてソファーに腰掛け、私はテーブルの上に愛用のギアを並べてみる。
エバニューの400FDをストレージポット560に重ね、その隙間にカトラリーを滑り込ませる。
カチャリと金属が触れ合う音を聞きながら、私はいつの間にか「妄想烈車」の乗客になっていた。

​春になったらザックを背負い、リゾートしらかみに乗って「あきた白神駅」へ向かうのだ。

​今回のパッキングは、私の執念の結晶だ。

フリマアプリをスクロールすると、1度も火に掛けられることなく手放されるチタンギアたちが並ぶ。
それを横目に、私は実験を繰り返した。

400FDで0.5合の米を炊くための絶妙な水加減、560ポットに収まる「野菜、肉、水」の食べきりサイズの黄金比。

パックご飯の合理性よりも、たった一膳のために火加減を見守る「充足感」を選びたい。野菜はあらかじめ切って持っていくが、現地で旨そうなものに出会ったときのために、オピネルのナイフも忍ばせる。

​「よし、完璧だ」

​ザックの中は、無駄を削ぎ落としたストイックな美学で満たされている。……はずだった。

​妄想列車に飛び乗った私は、秋田駅に到着し、「リゾートしらかみ3号」の改札が開くのを待っている。

けれど、その視線の先には駅ビルの地酒コーナーを、獲物を狙う豹のように凝視しながら脇目も振らずに歩いている。

​目的地の御所の台キャンプ場には「ハタハタ館」が隣接し、温泉と食堂と売店がある。

「現地調達で軽く。」自分に言い聞かせているのに、もう地酒を手に取っていた。

酒造メーカー、原材料名、精米歩合を凝視し、私の手は予定になかった地酒の瓶を、一つ、また一つと掴んでいく。

​レジにその瓶を預けると、流れるように聞かれた。

「エコバッグはございますか?」

私はすかさず「あります」と、バックパックの腰ベルトに付いた、一番アクセスの良いポーチに手をかける。

「おもむろに」という言葉がふさわしい動作で引き抜いたのは、真っ白な袋に、鮮やかな萌葱色の文字。

​そう、秋田市民御用達、「ジェイ・マルエー」のレジ袋である。

​これを広げた瞬間、駅ビルの華やかな空気の中で、私は猛烈な自己矛盾に襲われる。

「ああ、やはりここで買ってしまったか……」

​チタンの数グラムを削ることに心血を注いだ私が、今、生活感の塊のような袋を広げている。

こんなところで使う羽目になるなら、もっといいエコバッグを持ってくればよかった。
……いや、そんな洒落たものはないのだけれど。見栄を張りたい気持ちになった。

ゴミ袋とか、地面が濡れていたらなどと取ってつけたような理由で​忍ばせておいたレジ袋は、今や地酒とおつまみでパンパンに膨らんでいる。

列車の指定席に座り、私は窓際を向いてポリ袋のカサカサ音を殺し、そっとどこでも買える大手のビールを取り出す。
なるべく音を立てないように静かにプルタブを引き、周囲に飲んでいることがバレないように、全神経を指先に集中させる。

なんと言っても10:30発
東京からの新幹線ならいざ知らず…いや、ダメか?
隣に乗客がいないだけマシではある。

飲み鉄をするんだ!という意気込みとは裏腹な、忍者のような現実。
1時間半で空けたのは350缶1本だけ。
もっと、こう、豪快に飲む予定だったのだが。

​あきた白神駅に降り立ったとき、私は自分の素行を果しなく恨んだ。

なにを?

指にはポリ袋の細い持ち手が無慈悲に食い込んでいる。

ザックの背負い心地は軽やかなのに、右手だけがズシリと重い。
徒歩5分、300mの距離が1kmにも感じた。

​一癖ある道具を使いこなし、用意周到な計画を、自らの欲望で台無しにする。

予定通りには進まない。
だからこそ、私の旅は面白いのだ。

​指の痛みを想像して、私はチタンを手の中で転がしながら小さく吹き出した。

妄想烈車が汽笛を鳴らして去って行った。
春はまだまだ遠いから、私は何回この列車に乗るのだろうか。

いいなと思ったら応援しよう!