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文明の利器!自堕落シアターキャンプ​──それは家出か、はたまた聖域か。

秋田の冬は厳しい。

私にとってキャンプは「命の洗濯」なのだが、この時期の秋田で営業しているキャンプ場は、もれなく豪雪地帯にある。そこには「勇者」と呼ぶにふさわしい猛者しかおらず、女性一人のソロ客など、もはや完全アウェイの絶滅危惧種だ。

​岩手のお気に入りの場所は週末限定営業になり、もう一箇所は春まで改装中。

「夜には管理人不在の雪中キャンプで完ソロ」という恐怖に打ち勝つ勇気はないから、他に思い当たるキャンプ場もソロの私にはハードルが高い。
洗濯をしないと命が乾く。追い詰められた私は、ついに禁断の場所に手を出した。

​「細峰ベース」

​正直、躊躇した。いつも私が利用するキャンプ場の、倍近い価格帯。

けれど、背に腹は代えられない。キャンプの禁断症状で震えすら感じる…
人差し指に力を込めて予約ボタンを押し、詳細を確認して、私は絶句した。

​「100V電源付き、メスティン炊飯セット0.5合提供、Wi-Fi完備!」

​……エエエェエエエ!

驚きのあまり、娘たちに報告した。

​次女「ご飯までつけてくれるの?」

私「ね!電源あるから電気ブランケットも持っていく!床暖する!床暖してアマプラで映画見るわ」

次女「そんなに快適なら、もう家出じゃん」

私「あははっ、自分で作るグランピングだね」

​そう。これは家出ではない。
いや、半分家出かも。

「至れり尽くせり」という文明の懐に飛び込み、自分で最高のリラックス空間を構築する、極めて能動的な儀式である。

​いつもなら冬の相棒は薪ストーブだが、今回は迷わず石油ストーブを持ち込む。

薪を継ぎ足す手間も、煤の掃除もいらない。ストーブの上で調理も完結。

テント内にタブレットを持ち込み、シュラフに足を突っ込んで、電気ブランケットで床暖房化したラグの上で映画三昧。

​昼から開けるのは、ガウディのモザイク模様が雪に映える「パタ・ネグラ・ブルット・オーガニック」。
やまやでパケ買いした。

オーガニックのカヴァでありながら、価格はアンダー1,000円。この「見つけてしまった」感もまた、旅の心地よいスパイスになる。

合わせるのは、牡蠣。
レモンとオリーブオイル、藻塩で味付けする。
それと3パック1000円という価格に踊らされて買った生ハム。

もはや、ご飯すら作らない。

​かつては「不便をいかに楽しむかがキャンプ」だと思っていた。

けれど、ここまで揃っているなら、あの料金は決して高くない。むしろ安い。

冷たい泡を流し込み、ヌクヌクの空間で『リトル・フォレスト』を観ながら、過ぎていく時間に身を委ねる。

100VにWi-Fi、最高じゃないか。

週末、私は細峰ベースという名の聖域に身を沈め、最高に贅沢な「自堕落」を受け入れることにした。


⛺️ ⛺️ ⛺️

そうして私は、いつも通り娘を送り出し、何事もなかったかのようにハンドルを握った。

新屋から下浜へ向かう道は猛吹雪で、正直、心が萎えた。このままホワイトアウトしたら引き返そうか、と本気で思った。

けれど下浜を過ぎたあたりで雪は止み、視界が開ける。

自宅から2時間ほど行ったところの道の駅で少し休憩した。駐車場に積み上げられた除雪の山にまず驚く。

道の駅の駐車場にて

さらに進むと湯沢の積雪量に圧倒され、ティピーにしておけばよかったかもしれないと装備選択を後悔しながらも、鳴子に入る頃には「これ、大丈夫じゃない?」という楽観が戻ってきた。


途中寄り道して、あ・ら・伊達な道の駅でロイズのソフトに舌鼓を打つ。ロイズといえばチョコレートなので、濃厚バニラと迷った末ミックスにした。

ピントブレブレだがさすがロイズ、味は完璧

さらに進んだところにあるスーパーで宮城産の牡蠣を手に入れる。

気持ちは完全に、旅の側へ切り替わっていた。

13時過ぎ、細峰ベースに到着。

細峰ベースの入口

オーナー夫婦の愛想の良さに、まず空気がほどける。

設営は約1時間半。
床暖仕様なので時間がかかる。

やっとチェアに腰を下ろし、冷えて少し固くなったクリームパンと、温かいコーヒーでおやつ。

本日二回目のおやつだ。

コーヒーで一息つく。

天気は晴れ、空気は澄み、床暖と石油ストーブの中で夕暮れを待つ。

完璧な文明空間が、そこにあった。

綺麗に除雪もされていた事に驚いた。

日没に近くなり、そろそろ始めようかと牡蠣を洗いに行った。
寒さの影響で外の水場は凍るため、管理棟内にある洗面を使わせてもらうことになった。

いざ、牡蠣の袋を開けてみると一人にはちょっと多い。
丁度オーナーに場所を案内してもらったばかりで、少し食べるのを手伝ってもらえないか聞いてみたところ、快く引き受けてもらった。
それと、ワインを一人で一本空けるのは、さすがに飲み過ぎになると思った。

だから私は、改めて管理棟に行ってこう頼んだ。

「ワインも多くて。一人で飲むには量があるので、飲むのを手伝ってもらえませんか。」

その結果、始まったのはギア談義だった。

気づけば用意していたワインは空いた。

さすがに初訪問で管理棟にお邪魔するだけでも厚かましいので、ここで引き上げるつもりだった。

けれどオーナーが、「半端なお酒があるので」と、別のボトルを勧めてくれた。

調子に乗って、ありがたくいただいた。

気づけば外は真っ暗。

それでも、まだ夜は七時だった。

自分のサイトに戻り、ひとりで焚き火をする。

管理棟を出るとき、「お茶でも飲みながら焚き火します」と言った。嘘ではなくそう思っていた。

けれどサイトに戻ってグラスに注いだのは、色はお茶と同じだがハイボールだった。

スパークリングワイン一本は多いと言っておきながら、ちゃっかりウイスキー100mlも忍ばせていたのだ。
ちゃんと言い訳もある。
酔い冷ましに少し飲んだ炭酸の残りが手元にあったのだ。

それをすっかり飲み切り、焚き火の始末をして立ち上がる。
頭は冴えているのに、呂律が回ってないのは口ではなく足だった。

よろめいて、転んで、唇を打った。

結果的に、想定していた「一人で一本」どころではない量を、私は飲んでいた。

文明に甘え、自堕落を極めた夜にしては、ずいぶん人間らしい結末だと思った。

映画は、結局一本も観なかった。
ブラックアウト。

けれど、この夜は、確かに「命の洗濯」だった。


翌朝、雪がテントを滑る音で目が覚めた。

​昨夜の「ブラックアウト」が嘘のような、静かで、でも容赦ない冬の現実。

撤収の苦労を予感しながら、管理棟で受け取ったメスティンをストーブに乗せて炊飯を始める。おかずを作る気力は昨夜の酒と一緒にどこかへ消えていたけれど、炊きたてのご飯を塩を利かせてふんわりと握った「塩むすび」が、驚くほど五臓六腑に染み渡った。

​10時、降りしきる雪の中、早めの撤収をなんとか終える。

​帰路は昨晩オーナーに聞いたラーメン店で冷えた体を温め、家族への旅の土産として鳴子名物の栗団子を買い込んだ。

​往路のホワイトアウト、管理棟での一期一会、そして自業自得のブラックアウト。

​唇の違和感を少しだけ気にしながら、雪の花が咲く山道を通り抜け、家路へと向かう。



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