仁義なき豚汁論争
年末年始、夫はスーパー主夫になる。
夫は暦通りなので9連休だが、サービス業のわたしは年末年始商戦で休みは少ない。
忙しい妻の代わりに、8割方の家事をこなす羽目になる。
わたしの悪い癖だが、やって貰えるとなるとどこまでも際限なく頼ってしまうのだ。
年末年始、わたしは毎朝ご飯の用意をして夫を起こす。朝ごはんの用意と言っても、前日の夜ご飯の余ったおかずを温め直し、果物を用意するくらいだ。
わたしに起こされた夫は、まず妻を職場まで送っていく。
週末はその足でスーパーに食材の買い出し、帰宅後洗濯乾燥後の洗濯物の仕分け、昼は冬休み中の子ども達に昼ご飯の用意、朝と昼に使った食器を食洗機で洗う。
年末はエアコンや窓拭きなど、高い所の大掃除がプラスされる。
暗くなってきたら夕飯の準備、子どもたちにも食べさせる。ご飯を食べ終わる頃、妻に呼ばれ迎えに行く。帰宅したら、妻の食卓に温め直した夕飯を並べる。
改めて書き出してみたが、タスクが多い。
よくこんなにやってるなと感心する。
中高生の子ども2人と中高年の子ども1人の世話を、一手に引き受けているようなものだ。
夫はわたしが居なくても1人で家の中を回せるが、おんぶに抱っこのわたしは、夫が出張などで居なくなると、途端にてんやわんやになる。
しかも、年末年始上げ膳据え膳だが、これで100万単位の稼ぎを叩き出すとか、全くそんなことはない。
せいぜい残業代が増えるくらいだ。
大丈夫か、自分。
まだ年末年始前半は余裕がある。
迎えに来てくれた夫に染み付いた匂いをクンクン嗅ぎ、
「今日の夕飯は何かな?揚げ物の匂いがする!」
「唐揚げです!」
「ヒャッホー!」
とか
「クンクン…何やら美味しそうな」
「今日はハンバーグです!」
「ハンバーグッ(ハンバーグ大佐)!!」
などと笑い合う。
しかし、後半になると疲れも溜まり、そんな余裕は無くなる。
とめどなく来店されるお客様に愛想笑い。
「これとこれ、どちらが良いと思いますか?」
と聞かれ、
「お好きにどうぞ」
とか
「決めるのはあなたです」
と言ってしまいそうになるところを寸止め、疲弊した脳みその少ない引き出しをひっくり返し、もっともな言葉を並べ立てる。
話しながら、何を言いたいのか分からなくなってくることも。
そんな状況で、つい気が抜けてしまったのだ。
いつも通り迎えに来てもらい、
私「今日の晩ご飯は?」
夫「今日は、豚汁」
私「豚汁……好きだね?」
夫「嫌なら食べなくていいよ」
私「そんな事言ってないし」
夫「言い方に含みがある」
私「……」
わたしの言葉に、『よく作るね』というニュアンスを嗅ぎ取ったのかもしれない。
あな、恐ろしや。迂闊であった。
わたしも豚汁は大好きだ。
豚汁の中に手で千切ったコンニャクを入れると、味が染みて格別に美味しい。
しかし、わたしの中で豚汁=芋煮=外で食べ切る物というイメージがあり、翌朝に残しておきたくない。
我が家は、食事を作らなかった人が食器洗いをするというルールがある。
夫が好んで豚汁を作る時のマストアイテムは、
高・圧・鍋!
圧力鍋より、煮込み時間を大幅に削減出来るスグレモノ。
使い方はとっても簡単!
材料を入れて、重りを落として煮込むだけ。
煮込む時間も、重りが振れてから1分未満で良い。
フロートが降りて蓋を開けると、手間暇掛けたプロ仕様の煮込み料理の出来上がりだ。
作るのは簡単だが、後始末が面倒なのだ。
夫が大量に作った豚汁を別の鍋に移し替え、ちょっと重い圧力鍋を持ち上げたりひっくり返して洗うのが。
そして翌朝、別の鍋に移した豚汁の豚肉から出た脂が、白く固まって表面を覆っている。
それを見ると、げんなりしてしまう。
なんてことを考えながら、「豚汁好きだね?」と聞いたものだから、夫は敏感に言葉の裏を感じ取ったのだろう。
わたしは瞬時に地雷を踏んだと後悔する。
こんなに疲弊した精神状態で、ケンカしたくはない。
かと言って、ここで「穿った見方している」とか「そんなつもりは無かった」とか言葉を重ねようものなら、更に地雷を踏みそうな気がする。
わたしは押し黙るしかなかった。
自宅まで気まずい無言のドライブだ。夫の息遣いで、怒っている感じが伝わる。
あ〜やってしまったな〜。
後半戦で、奥さんを怒らせてしまい、オロオロするお父さんの気持ちも味わう羽目になってしまった。
帰宅すると、夫は律儀にも豚汁を温め直し、食卓に並べてくれた。
私「ありがとう」
夫「おう」
まだ怒ってらっしゃる。
わたしは温かい豚汁を両手で包み込む。
顔に掛かる湯気を感じながら、汁を吸う。
温かな汁が、喉元を通り、胃の腑に染み渡っていく。
「あ〜」と『ばけばけ』のおトキさんのような深い嘆息の声が出る。
夫が千切ったコンニャクを口に入れる。
あ~これこれ、味が染みて美味い。
私「美味しいです」
夫「うん」
それで夫の気持ちもほぐれ、決定的なケンカは免れた。
夫もこんなに家族のために尽くしているのに、恩を仇で返された気持ちだろう。
いや、ホント、上げ膳据え膳を当然のように享受して、仁と義を忘れちゃいけません。
という自分への戒めの話。
