俺のファンが世界的スターになっていた(2)
第2章 変わらない愛
#2
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部屋でスマホをいじっていると、突然画面が暗くなった。
「吉田さん」という文字に、ふぅと溜息をついてから応答ボタンを押す。
「もしもし」
—もしもし?マネージャーの吉田です、オフ中にすいません。
聞きなれた男性の声がする。いやいや全然、と口にしておきながら少しの面倒くささを感じる。
—取り急ぎ、理人さんにお知らせがありまして。
はぁ、と適当に返事をする。
—『love or love』の主演が決まりましたっ。
「はぁ!?」
スマホの奥で俺の大声に驚く吉田さんの声がした。
『love or love』は、有名な1話完結の恋愛ドラマ集だ。1話ごとに登場人物や俳優が違っているのだが、おそらくその1話分のドラマ主演に選ばれたということだろう。
—しかもですよ。ヒロイン役が人気急上昇中のあの花衣―
「花衣慧!?」
また大声を出してしまった。が、今の俺は吉田さんの鼓膜の心配をしているどころではない。
—と、とにかく、来月から顔合わせや撮影が始まってきますから。じゃ、じゃぁ、そういうことなので、これで。
俺の声に怯えたのか、吉田さんは俺の返答を待たずに電話を切ってしまった。
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どすっ。
鈍い音がテレビ局のロビーに響く。
「か、か、……」
両手を口に当て、花ちゃんが小刻みに震えている。
「かっこいい……」
相変わらずの限界度合いに思わず笑う。特大感情のおまけで落とされたバッグを拾い、彼女に手渡す。
「えっ、え、私服見ちゃってもいいんですか?い、いいんですか?」
「いいんですかも何も、共演者だし。きょ・う・え・ん」
「リヒトくんと共演とか、夢……?」
いや、この状況だと、貴方と共演できる方が夢ですが。世界的女優ってことを自覚しているんだか自覚していないんだか、兎に角俺のファンであることは自覚しているようだ。
「よ、よろしくお願いしますっ」
九十度を超す角度の礼を受け、慌てて俺も頭を下げる。
「こちらこそ。よろしくお願いします」
そのまま隣に並んで控室に歩く。大人2人分ほど離れた右で、俺にバレないようにチラ見を繰り返している。
「ってか俺、ドラマ初めてだから……頼りにしてますね」
「初ドラマですかっ。あ、でも、日本のなら……、私も初めてです」
日本のなら。そんな恰好のいい言葉を口にできる彼女の大きさを改めて尊敬する。
話の内容は自然にドラマに移っていった。
今回のドラマは、電車でみかけた女性に一目惚れをした男性の短編ドラマで、一時間放送。俺は主人公の「東仁」を、花ちゃんはヒロインの「佐野瞳」を演じる。
「私、申し訳ないです、本当に」
「いや、どっちかっていうと俺のほうが—」
「……ファンのみんなに顔合わせられないです。みんなのリヒトくんだし」
たしかに、ファンのみんなは俺と花ちゃんの恋愛ドラマが見られるのだろうか。でも、本気で恋しているファンの方が少数なわけで。……おそらく。
「確かに俺はアイドルだけど、推されてるっていうのは花ちゃんにも言えるわけで」
それはまぁ、と花ちゃんが濁す。でも私はNeo+のファンですからとかなんとか、花ちゃんが愛を並べていると控室に着いた。
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「リヒトくん、取材、始まりますって」
「はい」
花ちゃんに呼ばれ、後をついていく。
顔合わせやメインビジュアルの撮影が終わり、残るはドラマ出演を記念した雑誌取材だった。
動画サイトの宣伝で使うので、とライトの前のソファに座らされる。雑誌の取材は楽屋とかでするものだと思っていたが、こういうタイプもあるのか。
カメラはそんなに気にしなくて大丈夫です、と記者の人から言われ少しばかり肩の力が抜ける。
「じゃぁ、まず、自己紹介をお願いします」
「主人公の東仁役の、リヒトです。今日はよろしくお願いします」
「ヒロインの佐野瞳役を演じさせていただきます、花衣慧です。よろしくお願いします」
よろしくお願いします、と記者の方が礼を返してくれる。
初めての雑誌、初めての取材に序盤は緊張で声の上ずりを感じていたが、ドラマに合わせ、一目惚れに憧れはあるかとか、そんな質問ばかりで俺の心配と緊張は杞憂だった。
「へぇ、じゃぁ、リヒトさんは仁と違って人見知りするんですね」
「そんなにひどくはないですけど、電車で見かけただけの人を止めてデート、ほどのコミュ力は……」
「一目惚れとかだったらあるんじゃないんですか?」
「あー、たしかに。一目惚れ、してみないとわかんないな」
テンポよく会話が進んでいく。といっても、完全に花ちゃんのお陰だった。
返答として短すぎるかも、と焦るとネタの助け舟を出してくれる。反対に、長すぎるかも、と焦ると要約して記者の人に返してくれる。
さすが、世界的スター。
「えーっと、では、リヒトさんから見て、花衣さんはどういう方ですか」
「僕から見て、ですか」
横目で花ちゃんを見る。先ほどまでの女優の花衣慧とはうってかわって、少女のようにじれったそうな目で返答を待っている。
「えー……っと、とにかく明るい方ですね。気が利くし、本当に謙虚なんです。周りの方への感謝の気持ちが常に感じられて」
「脚色しすぎですよ、リヒトさん」
「ほら、こういうところです」
記者の方が微笑ましそうに俺たち2人を見る。「説得力ありますね」
そうでしょう、と返す。実際、そんなに謙虚になるほどの技量ではないだろうに。まだ見ぬ世界的彼女の演技の才能に早く触れてみたくなる。
「ありがとうございます。反対に、花衣さんから見てリヒトさんは?」
「え、えっと……」
初めて花ちゃんが言葉を詰まらせた。
俺はどういう人、なんて花ちゃんが一番喋りそうな話題に詰まる彼女を思わず見る。
花ちゃんは数秒、口を紡いで考える仕草をした。
「―生涯好きな人ですね」
—う。
テンプレートをつらつらと並べて場を乗り越えるような性格ではないことはわかっていたが、こんなにストレートにぶつけられると来るものがある。
「……い、いや、普通に照れますね」
沈黙を打破しようと声を振り絞る。記者の人はぽかんとして開けた口の口角を上げ、楽しそうに笑った。
「実際は、ドラマとお2人、性格が真逆なんですね」
「え?」
ドラマではリヒトさんが花衣さんにがつがつって感じなので、と続けて言われる。
たしかに、俺は花ちゃんの愛という愛に殴られてきたから逆だ。
「はい、ありがとうございます。取材は以上です。じゃぁ最後にカメラに手だけ振ってもらっていいですか?」
2人で横並びになり、カメラに向かって手を振る。撮影のカメラは思ったより近くて、20代も後半に足を突っ込もうとしている自分の肌が心配になる。
宣伝用の最後の手振りのシーンをカメラと接続してあるテレビで確認し、正式に今日の撮影が終わった。
取材を担当した記者の方にお礼を言い、そのままメインビジュアル撮影を担当したカメラマンさん、関係者の方々に礼を言って回る。
「あの」
全員を回ったところで花ちゃんに呼び止められた。
「今日はお疲れ様。一話分だけど、俺も全力込めるから、一緒に頑張りましょう」
俺に挨拶をしようと話しかけてくれたと思っていたが、違ったようだった。
花ちゃんがスカートを握りしめる。スカートの裾にくしゃりと皺ができた。
「わ、私、リヒトくんのこと、昔からずっと、ずっとずっと変わらずに、大好きですからっ」
「……ん、う、うん、それは、ありがとう」
……もう、だいぶ伝わっているんだけど。
何年もこうしてまっすぐに愛を伝えられてきたのだから、伝わっていないわけがない。慣れたかは別の話だけれど。
「私、詰まっちゃったじゃないですか。その、ほら……リヒトくんのこと好きって言ったときに」
急にもにょもにょと花ちゃんの声が小さくくぐもる。
「本当に本当に、好きなんですけど。好きだからこそ—リヒトくんへの思いを表現できる言葉を、探してて詰まっちゃって」
だから悪い意味で返答に困ったんじゃないんです、と花ちゃんが追い打ちをかけてくる。
「でも、結局伝えられたかと言えば、あの程度の言葉では伝えられくて。だから」
「わ、わかったわかった」
これ以上追い詰められると、耳から湯気を吹いてしまいそうだ。花ちゃんの追撃を鎮め、ふぅと深呼吸して彼女を見る。
「言葉にはできなくても、俺には十分伝わってるからさ。ほんとに、全然、大丈夫だよ」
じっと俺の目を花ちゃんが捕らえる。花ちゃんが首を傾げたのに合わせ、少しだけ色落ちしたコーラルオレンジの髪の毛が靡く。
「……照れてる?」
「て、照れてねぇよっ」
隠すのが目的か、冷やすのが目的か、手の甲を首に当てる。
「ほらやっぱ、照れてる」
「て、て……」
「いや照れてるでしょ」
マネージャーに呼ばれた花ちゃんはそのままおそらく耳から湯気を吹いている俺を置いて部屋をでていく。
……くそぅ、最近のオタクは、推しを煽ることも覚えたのか。
