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童話 所有するものと体験するもの

昔々、あるいは近い未来のお話かもしれません。霧の向こう側にある、不思議な「選択の町」に、二人の青年が隣り合わせに住んでいました。

一人の名前は「所有するもの」。 もう一人の名前は「体験するもの」。

二人は生まれた時も、背格好も同じくらいで、とても仲の良い隣人同士でした。けれど、二人の世界の見え方は、まるで真昼の太陽と真夜中の月のように、正反対だったのです。

「所有するもの」の家は、しっかりとした石造りでした。彼の部屋には、彼が集めてきた色とりどりの宝物が詰まった大きな木箱がいくつも積み上げられています。彼は、自分の手で触れられる確かな重みを愛していました。

一方、「体験するもの」の家は、風通しの良い木の小屋でした。部屋の中には、使い古された小さな鞄が一つと、窓辺に置かれた一輪挿しだけ。彼は、風のように身軽でいることを愛していました。

ある晴れた日のこと、二人は丘の上で並んで座り、将来の夢について語り合いました。

まず口を開いたのは、「所有するもの」でした。彼は目を輝かせながら、丘の向こうに広がる広い土地を指差しました。

「僕の夢はね、あそこに大きくて新しい『マイホーム』を建てることなんだ。誰もまだ触れていない、真っさらな木の床。僕だけのために設計された完璧な間取り。そして、庭にはガレージを作るんだ。そこには、国一番の速さと美しさを誇る『高級車』を置くのさ。磨き上げられたボディは鏡のように輝いて、乗るたびに僕が特別な存在だと教えてくれる。家の中には、最新の『ゲーム機』や娯楽の道具をずらりと並べるんだ。棚に並んだコレクションを眺めながら、今日はどれで遊ぼうかと考える時間は、何よりも幸せだろうな」

彼はうっとりとため息をつきました。彼にとって幸せとは、自分の周りを確かな価値のあるモノで満たし、それらを管理し、守り、その豊かさの中で安心して暮らすことでした。モノは彼を裏切りません。そこに在るという事実が、彼の心を温かく満たしてくれるのです。

それを聞いていた「体験するもの」は、穏やかに微笑んで首を横に振りました。

「へえ、君の夢は重厚で素敵だね。でも、僕の夢は少し違うんだ」

彼は、丘の麓にある、今は誰も住んでいない古びた小さな家を指差しました。

「僕はね、あの古い家を『リノベーション』して住みたいんだ。前の住人がつけた柱の傷や、少し歪んだ窓枠。そこには物語がある。自分好みに少しずつ手を加えて、古い良さを活かしながら暮らすほうが、新築よりもずっと面白いよ。それに、『車』なんて、走れば十分さ。雨風がしのげて、僕を遠くの町まで運んでくれればそれでいい。コスパが良い中古の小さな車で、泥だらけになりながら知らない道を走るほうが、傷を気にしてピカピカの車庫にしまっておくよりずっと自由じゃないか」

彼は空を見上げ、流れる雲を目で追いました。

「それに、『ゲーム』だってそうだ。僕は機械そのものが欲しいわけじゃない。その中にある冒険の世界に触れたいだけなんだ。だから、箱なんていらない。『クラウドゲーミング』のように、空から魔法のように物語が降ってきて、遊び終わったら霧のように消えてしまう。それでいいんだよ。モノを持たなければ、僕はいつでも身軽に、次の冒険へ出かけられるからね」

彼にとって幸せとは、一箇所に留まらず、世界中を動き回り、その瞬間ごとの感動や驚きを心に刻むことでした。モノはいつか壊れますが、心に残った景色は、時が経つほどに鮮やかになると彼は信じていました。

二人は互いの顔を見合わせ、同時に笑い出しました。あまりにも違う未来図だったからです。

「君の家は、モノで溢れて身動きが取れなくなりそうだね」と「体験するもの」がからかうと、 「君の人生は、最後に手元に何も残らなくて寂しそうだね」と「所有するもの」が言い返しました。

やがて二人はそれぞれの夢を叶える道を歩み始めました。


季節が幾度も巡り、二人の青年はお互いに好きなような人生を生きていました。

「所有するもの」の生活は、それはそれは煌びやかなものでした。 けれど、その輝きを維持するには、莫大な金貨が必要でした。彼は誰もが羨む「高級な職」に就いていました。それは、金の装飾が施された重たい鎧を着て、嵐の中を歩くような仕事です。彼は毎日、誰よりも早く起き、誰よりも遅くまで、額に深い皺を刻みながら懸命に働きました。 その代償として、彼の願いはすべて叶いました。丘の上の豪邸、ガレージに鎮座する宝石のような車、壁一面のコレクション。それらは彼の努力の結晶であり、彼そのものでした。

一方、「体験するもの」の生活は、驚くほど身軽なものでした。 古い家を自分で直し、安い車に乗り、ゲームもサブスクリプション。所有しない彼の暮らしには、ほとんどコストがかかりません。そのため、彼は「座っているだけの仕事」を選びました。それは、木陰で雲の流れを眺めるような、責任も重圧もない仕事です。彼は毎日、たっぷりと眠り、悠々自適に、あり余る時間を楽しんでいました。

ある日の夕暮れ時、二人は町の広場でばったりと顔を合わせました。

「所有するもの」は、仕立ての良い極上のスーツに身を包んでいましたが、その目尻には深い疲れの影があり、肩には見えない重荷が乗っているようでした。 「体験するもの」は、ラフなシャツにスニーカーという軽装で、肌はツヤツヤとしていましたが、その表情にはどこか締まりがなく、幼さが残っていました。

二人は足を止め、互いを値踏みするように見つめ合いました。

先に口を開いたのは、重厚な鞄を持った「所有するもの」でした。 「やあ。相変わらず、君の手は空っぽだね? その歳になっても、誇れるものを何一つ持っていないなんて、不安で眠れないんじゃないかい?」

その言葉には、積み上げてきた者だけが持つ、冷ややかな自信が込められていました。

すると、「体験するもの」はポケットに手を突っ込んだまま、くすりと笑って言い返しました。 「やあ。君こそ、ずいぶん老け込んだね? その眉間の皺、まるで老人だよ。そんなに必死にモノを守るために、自分の若さと時間を切り売りして、一体何が楽しいんだい?」

その言葉には、縛られない者だけが持つ、無邪気な残酷さがありました。

ここから、二人の「マウント合戦」が始まりました。

「僕は社会を動かす重要な立場にいる」と「所有するもの」が言えば、 「僕は誰にも指図されず、明日旅に出ることだってできる」と「体験するもの」が返します。

「所有するもの」は、低い声で諭すように言いました。 「君のその『自由』とやらは、ただの現実逃避だ。僕はリスクを背負い、城を築き、維持している。このスーツの重み、この時計の輝き、これこそが大人の貫禄、社会的な信頼というものだ。君のような、根無草の子供には一生分かるまい」

「体験するもの」は、肩をすくめて反論します。 「君のその『責任』とやらは、ただの足枷だ。君はモノの奴隷だよ。僕は昨日、10時間も寝た。今日は好きな映画を見た。君が胃を痛めて働いている間に、僕は人生そのものを味わっている。君は立派な檻の中で、老いていくだけさ」

言葉の応酬は続きましたが、決定的な瞬間が訪れました。 「所有するもの」が、揺るぎない岩のような声でこう言い放ったのです。

「ああ、そうかもしれない。だが、嵐が来た時、僕には帰るべき城がある。守るべき確かな財産がある。君にあるのは、形のない思い出と、頼りない自由だけだ。……君は『体験』と言うが、それは何も選び取らず、責任から逃げ回っているだけの、終わらない夏休みじゃないのか?」

その言葉は、「体験するもの」の胸に深く突き刺さりました。「幼い」という痛いところを突かれた彼は、言葉に詰まってしまいました。確固たる現実を積み上げてきた者の迫力に、ふわふわとした自由は吹き飛ばされてしまったのです。

どうやら軍配は所有するものに上がったようです

「所有するもの」は、ふん、と鼻を鳴らし、勝利を確信しました。 「さて、僕は忙しいんだ。これから重要な会議があるからね」

彼は勝ち誇った顔で、背筋をピンと伸ばしました。そして、その足取りこそ重々しいものでしたが、確かな満足感を胸に、胃が痛くなるような「いつもの重労働」へと向かっていきました。彼の背中は、苦労を背負う王のようにも見えました。

一方、敗北した「体験するもの」は、ガックリと首を垂れました。 「……言い返せなかった」 彼は45度下にうつむき、トボトボと歩き出しました。向かう先は、何の刺激も責任もない「いつもの座っているだけの仕事」です。彼の背中は、叱られた子供のように小さく見えました。

激務だけれど、勝利の味を噛み締めて戦場へ向かう男。 楽だけれど、敗北感を抱えて温室へ戻る男。

二人の後ろ姿は、夕闇の中に消えていきました。

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