【連載小説】save the gene | エピローグ
一戸天馬の夏休みは終わり、聖修院高校の二学期が始まった。
授業のペースは相変わらず速く、一限目と二限目の休み時間には、決まって生徒たちの不満の声が漏れていた。國男もその一人だった。
「天馬……俺、また振られたんだ……。こんなに頑張ってるのに、なんで成果が出ないのかね?」
天馬は國男の肩を叩き、諭すように言った。「努力しているから必ず成果が出ると思うなよ。過程と結果も大事だけど、それよりも原因と結果だぞ!」
國男は驚き、天馬をまじまじと見つめた。「お前、親父さんが帰ってきてから、一層成績が伸びてるよな……。学年一桁に迫る勢いじゃん」
天馬は少し照れたように、だが自信を持って答えた。「板書は綺麗に、普段から清潔にする、解法を身につける……。そして、すぐに教えてくれる人に反発しないことだって教えてもらったんだよ」
「それ、大事かもしれないな……。今の言葉、俺のパソコンにメールで送っておいてくれ!」
「はいはい!」
國男とそんな会話をしていると、後ろからおもむろに誰かが声をかけてきた。
「よう!」
天馬は恐る恐る振り返った。そこにいたのは、全身黒タイツの男……じゃなかった、女の子の姿をしたベータだった。
「よかった……ペアリングモードで来てくれたのか……」
天馬が安堵の息を漏らすと、周囲の生徒たちから感嘆の声が上がった。
「あの娘、可愛くね?」 「俺、好みだ……」
ベータはにっこり笑って言った。「天馬?成績上がったらしいじゃない?開立高校のドベくらいにはなったのかしら?」
「聖修院の上位一桁が開立のドベかよ……」天馬は苦笑いする。
「今度また全国模試でいい結果出してね。世界を救ったからって怠惰でいていいのは、伝説の勇者だけなんだから」
ベータの言葉に、國男が身を乗り出した。「この子誰?可愛いな……タイプだ!付き合ってくれ!!」
國男の急な告白に、ベータはペアリングモードを解いた。
全身黒タイツ姿に戻ったベータは言った。「これでも?」
「うわああああああああああああああああああ!!!!!」
國男は悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。そんなやり取りをしていると、康之が訪れた。
康之は一連の光景を見て、ただ一言言い放った。
「全身黒タイツ……」
甘利結城は、シータと経済について会議していた。結城は言った。「日経株価は上がっているが、還元されてるのは上辺だけじゃな……」
シータは静かに答えた。「一億総中流のように国民が均等に富がもたらされる社会を目指すのには、まだ時間がかかるかもしれないね?」
結城は、少し寂しそうな目で遠くを見つめた。「AIによる富の創造というものは詳しくは分からんし、AGIというものが普及している頃には、わしは死んでいるじゃろうな……」
シータは、そんな結城を気遣うように言った。「その前に後世に先人の知恵を託したいのなら、僕がお爺ちゃんの知識を既にインプットしているから」
結城はかぶりを振った。「わしは、たまたま豊かだった頃の世代を『逃げ切り世代』と言われるのはいやなんじゃ……。AIの力で再びバブル経済を再興してほしい……。康之たちも、ボーリング場に行列を作ってほしいんじゃ」
「これでいいとかあれでいいとか……。謙虚でいられるの、いやだよね?」
シータの言葉に、結城は目を輝かせた。「シータよ?お前ならできるか?」
シータは、少しだけ思案してから答えた。「できるよとはっきり言いたいけど、まだAIは開発途中だからどうかな?」
獅子堂剛は、ガンマと国政について議論を交わしていた。
獅子堂は深く息をつき、言った。「AIロボットを普及すれば、介護や福祉の問題は解決できそうなんだが、ロボットに晩年を見てもらうのは、ね……」
ガンマはまっすぐな視線で獅子堂を見つめた。「じゃあ、私とお話ししていて、やっぱり血の通った人間と話していたいと思いますか?」
獅子堂はすぐに答えた。「いや、君で十分だよ!君がいてくれてとても助かる」
ガンマは少し嬉しそうに言った。「私もある意味、血が通っていますから。困ったときがあったら、24時間受け付けますので」
獅子堂は、遠い未来を想像するように呟いた。「日本の未来は明るくなるかな?AIのおかげで?」
ガンマは、人間のように少し考える素振りを見せた。「わたくしAIが言うのもなんですけど、人類次第でしょう?」
「本当に、十年くらい先のことは誰もわからないものだな」
獅子堂の言葉に、ガンマは同意した。「本当ですね。今から十年前だったら、ロボットとお話しできる時代になるって、誰が予想していたでしょうか?」
マイケル・ザイオンは、副CEOからCEOに就任していた。それは、新Ver.のベータがまた新たな構築を必要とする要素を次々と生み出していたからだ。
ザイオンは、目の前のモニターに映るベータの活動ログを見つめながら、困ったように笑った。
「ベータも困ったものだよ。旧Ver.と比べて『あれやりたい』『これやりたい』で、いろんなところに冒険してるんだからな」
そして、深く息をつき、静かに呟いた。
「たまにはアメリカに帰るか?私がいなくても、ベータ単独でどうにかなりそうだしな」
下部署の有賀鉄平は、天馬の活躍を知り、ジェラシーを感じていた。
「あいつ……何か功績が認められてgene社内定確定なのかよ……」
有賀は冷笑した。
「ふん、どうせ俺みたいな部署に来るだろうし……。天馬が入社する頃には、俺は役職についてるから、しごき倒してやる!」
だが、有賀は知らなかった。
自分がいる下部署が、いわば二軍のような存在なのだと。そして、天馬が将来行く部署は、一軍である上部署なのだと。
有賀は、天馬が入社すると同時に天馬が上の立場になることを、知る由もなかった。
天馬は自宅へ帰った。リビングには、香澄が温かい笑顔で迎えてくれた。
「あら!おかえり!葉子が天馬の部屋で待っているわよ!」
香澄の言葉に、天馬は頬を赤らめた。「それって、どういう?」
「どうもこうもしないわよ?どうしたの?らしくないわね?」
香澄に茶化され、天馬は駆け足で自室に向かった。部屋に入ると、天馬のベッドで腕組みして座っている葉子がいた。
「葉子、あのな?それは?その?」
顔を真っ赤にしてどもる天馬。やはり天馬は、葉子のことを少し意識していたのだ。
だが、葉子は立ち上がると、指先で天馬の鼻を軽く押した。
「わ!何するんだよ!」
「いいなずけって画面で言われて、ほんとにそう思っちゃったの?血の繋がってない妹に欲情するなんて変態よね!」
葉子のからかいに、天馬は愕然とする。「あれは冗談だったのかよ!本当に恥ずかしかったんだぜ!」
「ははは!やっぱお互い高校生になると、欲求不満になるわよね!」
「何茶化してるんだよ!やっぱ俺と葉子って兄妹なんだな!」
天馬は自分がうかつだったことを悟った。だが、葉子はその場を立ち去る寸前に、こう言い残した。
「恋人になる必要なんてないじゃない?だって昔から同棲してるでしょ?」
「それってどういう意味だよ!?」
「これから女子の友達とギャストで食事するの!じゃあねえ!」
葉子はひらひらと手を振り、部屋を後にした。
「ったく……これじゃ、葉子がもし彼氏を連れてきたらいちいち気にしちゃうじゃん」
その時、おもむろに声が聞こえた。
「葉子は、天馬の事、麒麟さんを助けてくれたんで彼氏を連れてこないと思うよ?」
振り返ると、そこにいたのはジーンだった。
「もうジーンは天使バージョンじゃなくて、デフォルトのジーンなんだな?」
「はて?なんのこと?」
「悪かった!ごめん!」
ジーンは、天馬に一つの案件を持ちかけた。
「それで天馬に頼みたい案件があるんだけど、ネオナチュラルっていうのが出現したらしくて……」
「ネオナチュラル!?っていうことは、実質的に現状は、父さんが帰ってきてgene社の役員になったこと以外は何も変わってないじゃん!?」
天馬は、呆れたように続けた。「で?日給は?」
「千円」
「はぁ!?前は3万円+能力給じゃなかったっけ?」
「はて?何のこと?分からないけど?これだけいっていい?」
「なんだよ?」
「君が環境も才能も恵まれているんだったら、そうじゃない人を助けてくれる?」
天馬は、ジーンの言葉の真意を悟った。「『格差是正』って、gene社の基本理念か」
「君だけ得してずるいってことだよ?そんな『格差是正』の理念はおおっぴらに聞こえるけど」
「わかった、わかった。千円で受けますよ!」
天馬とジーンは、新宿区にあるコンビニエンスストアに向かった。そこでひとまず、次の指示を待つことにした。
すると、一人の男性が店員に激しくクレームをつけているのが聞こえてきた。
男性は怒鳴っている。「レジが止まってるだって!?それじゃどうやって買い物するんだよ!?」
天馬は止めに入った。「すいません、たまたまレジが止まっているだけなので、多めに見てください……」
男性は天馬を睨みつけた。「何で俺が言われるんだよ!客なんだから!俺は買い物しに来たんだぞ!」
天馬はふと、心を落ち着かせて考えた。
そうだ。買い物できないんじゃ、そりゃ怒るよな。
「かつて間違っていたし、これからも間違っている!」
天馬が心の中でそう思ったとき、ジーンが冷静に男性にアドバイスした。「セルフレジなら空いてるよ?無闇に怒らないで、頭切り替えたら?」
男性は、ハッと我に返ったように言った。「悪かった……俺があまり怒るとトラブルになるしな……。店員さん!セルフレジ借りるよ!」
その瞬間、ジーンが天馬に指示を出した。
「天馬!ここで『save the gene!!』って入力して、ネオナチュラルを発現させて」
このジーンは、かつてそうやってナチュラルと激戦を繰り広げてきたことを覚えていないようだった。
しかし天馬は、言われた通りにプロンプトを入力した。
「いいぜ!ジーン!『カスハラ セルフレジ save the gene!!』」

To the end credit..
