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国際ルートセッターΣ(・□・;)

バルセロナ大会だったと思うが、久しぶりにワールドクライミングのボルダーを見ていたときに、セッターインタビューに驚いた。

私がスポーツクライミングを始めた頃の名選手堀創さんが、国際大会のチーフルートセッターとしてインタビューを受ける姿を予期せず見ることになったからだ。

日本国内にも国際大会でルートセッターとして働くライセンスを持つ方は複数存在する。

私がかつてクライミングの指導を受けた方もその中の一人だ。しかし、国際大会のルートセッターとなると、コーチ等の指導者と同じく、自らが課題の強度を確認できる能力も求められる。

オリンピック競技となり、強いクライマーが育つ中で、想定したように選手をふるい落しながら大会を組み立てていくのは至難の技と聞いたこともある。

それから、最近は予選の中継はなくなってしまったが、準決勝、決勝と課題をどの程度選手がクリアできているかどうかで、セッターの想定と実際の大会の展開についてあれこれ家族と話しながら中継を楽しんできた。

しかし、選手たちが大会ルールの急な変更に苦しめられながら勝ち残ってきた姿を見ていた記憶がある。思えば、大会を運営するIFSC本部はヨーロッパにあり、日本は地球の裏側から選手を派遣していたわけだ。

だから、その晴れ舞台でなくてはならない重要な仕事をかつて選手だった人が任されていることを知ったときはとにかく驚いた。

クライミングと言うハードな競技は、制限時間が中継用に短く設定されてから、更に厳しさが増していったと感じている。

だが、課題すべてを完全に登ることができなくても「ばらし」と日本ではよく呼ぶが、パートに分けて登攀可能か確認することは、トレーニングを続けている限りある程度の年齢まで可能だろう。

現に、この12月にドキュメンタリー映画が公開される平山ユージ氏に至っては、クライミングの国際大会がまだ自然の岩場で開催されていた頃から活躍をしていたがいまだに現役である。同様に、安間佐千くんのように、人口壁のクライミングコンペティションから離れても自然の岩場を開拓(新しいルートを作る)し続けているレジェンドたちも存在するのだ。

コンペティターを離れて、大自然に戻っていく人もいれば、こうやって同じ場で違う立場で活躍し続けている人を見る機会が来るとは不思議な気分だ。

確かに、クライミングを始めた頃お世話になったジムスタッフや指導者たちが、大会の中継でコーチとして画面に映されているのを見るのは不思議な気持ちだったけど。

そして、還暦過ぎた私も、相変わらず壁に向き合う生活は続けている。たぶん、体が動く限りやめないだろう。



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