裁判員裁判制度
司法研修所時代の刑事裁判教官は、矢口最高裁長官に命じられ、アメリカへ陪審制度の研究に派遣された男でした。
本人から直接聞いたところでは、「やらせておきながら、後で梯子を外されたらかなわない」等とボヤいていました。
その後、陪審制度は一向に実現しませんでしたが、突然出て来た代替案(?)が裁判員裁判制度でした。
教官は、オウム事件で唯一の死刑回避判決を書いた後、途中退官して、母校の法科大学院の教授へ転向しましたので、今度の担当は、後の最高裁長官の竹崎でした(※)。
日本に陪審制度を導入することを諦めた(正確には、陪審制度自体は戦前から既にあり、今は休止中の状態のようです)後で、何故、陪審員が有罪・無罪を決める陪審制よりは中途半端な裁判員裁判制度なるものを新設して導入することになったのか?
ここから先は
4,047字
/
1画像
¥ 500
Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
