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【短編小説】テセウスの船 (1601字)


拝啓
 一郎いちろうくんへ
 ごめんなさい。気持ちは嬉しいけれど、私、あなたの想いにはこたえられないわ。

 本当はね、中学生のころ、あなたのことがすごく好きだったのよ。でも高校に入ってあなたは変わってしまった。何事にも全力で打ち込んでいたのに、今はすぐ「だりぃ~」ってしゃに構えてる。

 この前のシャトルラン、絶対もっといけたでしょ? 
 あと、歴史のあの問題、分からないふりしてたよね? 
 制服も着崩しすぎ。

 そういうのをカッコイイと思う風潮があるのは理解できるけど、ぜんぜんカッコ良くないからね。

 ……誤解しないでほしいけど、あなたのことが嫌いなわけじゃないからね。これからも友達ってことで。まあ、あなたが昔のあなたみたいに戻ってくれたら考え直さないこともないけど。 

和子かずこ


「……あおい、どう思う?」

「……うーん、これ告白の返事なんだよね? 一郎くんを批判する言葉はなくして、もっとストレートに自分の本当の気持ちを書いたら?」

「わかった! 書き直してみるね!」

「うん! 応援してるよ」

 私は明るい顔になった和子を見送った。まったく、素直じゃないんだから。




「あおい、この前はありがとう! さっき完成したのを一郎くんの下駄箱に入れてきた」

「おぉ!」

「見てみて! 自信作だよ。これコピー」

「用意がいいな。どれどれ……」


拝啓
 一郎くんへ
 ごめんなさい。気持ちは嬉しいけれど、私、あなたの想いにはこたえられないわ。
 
 今のあなたは、もう昔とは全くの別人よ。

 ねぇ知ってる? 人間の細胞って入れ替わっていて、皮膚だと約1か月、血液だと約4か月で入れ替わるみたい。そして数年でほぼすべての体の細胞が入れ替わる。

 だから私が好きだった、昔のあなたはもういないの。
 でもこれからも友達でいてね。

和子



「………」

「どうかした?」

「さ、細胞のくだり必要なくない?」

「えー、自分ではけっこう良いと思ったんだけど」

「………」
 
 まずい、完全にアドバイスが裏目にでた。確かに一郎くんへの批判はなくなったけど、これでは何を伝えたいのかよくわからない。

 私はもう成り行きに任せることにした。




 数日後。

 和子が満面の笑みでとんできた。

「あおい!! 一郎くんから返事が来たの! よんで!」

 笑顔だということは悪い結果ではなかったのだろう。ホッとしながら目を通す。


拝啓
 和子へ

「テセウスの船」って知ってるか?

 古代ギリシャにテセウスという英雄がいた。彼が使った船を人々は大切に保存して、船の部品が老朽化すると新しいものに取り換えていった。長い年月がたったころ、ついにその船はすべての部品が新しいものと交換された。

 ここで1つ、問いが生まれる。

 すべての部品が置き換えられてしまったとき、その船はテセウスが乗った船と同じと言えるのか?

 お前は「No」だと思ったんじゃないか?

 俺は「Yes」だと思う。船の構成要素は違っても、総体として「テセウスが乗った船」であり続けているからだ。

 俺自身も同じだ。
 確かに、細胞が全部入れ替わったなら、昔の俺は物質的には存在しない。でも、昔の俺も今の俺も、全部総体として1つの「俺」なんだ。
 ……だから過去の俺ばっかりじゃなくて、俺自身を見てほしいって思うのは贅沢すぎるかな?

 確かに、最近自分が分からなくなっていた。昔みたいに真面目に全力でやると、周りから浮いて、仲間外れにされそうな気がするんだ。

 だから昔からの俺を肯定してくれる和子の存在が、俺が俺でいるために必要なんだ。

 つまり、部品が変わってちぐはぐになりそうな俺が「テセウスの船」であるためにお前が必要なんだ。

 そう、それだけを伝えたかったんだ。
 友達でもいい。お前には変わらずそばにいてほしい。これからもよろしくな。

 あと、細胞の話、すごく面白かったよ。

                  一郎



「………」

「どう? グッとくるでしょ。あと私反省した。過去の彼ばかり見ていて、今の彼をちゃんとみてなかった」

「……まあ、お似合いの2人なのかもね」

「??」


 後日、ふたりは付き合ったらしい。


(おわり)



最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
「テセウスの船」という命題を小説にしてみようという試みでしたが、ちゃんと成立しているでしょうか(笑)

今日もあなたの一日がよい日となりますように。

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