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離さない朝

まだ少しだけ、このままで

もう少しだけ、離れたくなかった。

引かれた服

カーテンの隙間から差し込む朝の光が、フローリングの一角だけを淡く照らしていた。

部屋はまだ静かだ。

昨夜の続きを、そのまま抱え込んでいるみたいに。

テーブルには伏せられた本と、飲みかけのマグカップ。

映画を見ていたはずだった。

どちらが先に眠ったのかは覚えていない。

創矢はゆっくりと目を開けた。

ぼんやりと天井を見上げる。

視界が少しずつはっきりしていくのと一緒に、肩に感じる重みも戻ってきた。

律だ。

隣で眠る恋人は、まだ夢の中にいるらしい。

規則正しい呼吸だけが静かに聞こえる。

時計を見る。

思っていたより時間が過ぎていた。

コーヒーでも淹れようか。

そう思って、律を起こさないよう慎重に腰を浮かせる。

その瞬間だった。

シャツの裾が、きゅっと引かれる。

思わず動きが止まった。

視線を落とす。

律の手が、創矢の服を握っていた。

眠ったまま。

それなのに、離す気配だけはまるでない。

小さな指先が、まるで逃がさないと言っているみたいだった。

かすれた声

肩越しに振り返ると、律の指がシャツの裾にかかっていた。

眠っているはずなのに、思ったより力が入っている。

穏やかな寝顔とは反対に、その指先だけが、小さく何かを訴えているように見えた。

創矢はしばらく動けなかった。

起こしてしまうかもしれない。

そう思いながらも、声は自然と小さくなる。

「りつ」

返事はない。

ただ、長いまつ毛がほんの少し揺れた。

夢の続きにいるのか、こちらへ戻ってきているのか。

境目の曖昧なところで、律はまだ眠りに沈んでいる。

もう一度呼ぼうとした時、唇がかすかに動いた。

「……や」

音になりきらない、細い声。

けれど創矢には、それだけで十分だった。

目を閉じたままの律が、本当に起きているのかは分からない。

それでも、シャツを握る指先は離れない。

離れないで。

言葉にされなかった願いが、朝の静けさの中で、創矢の胸にそっと残った。

離さない指先に、朝だけが気づいていた。

もう一度、隣へ

立ち上がる理由なら、いくつもあった。

冷めたコーヒーを淹れ直すこと。

落ちたブランケットを掛け直すこと。

テーブルに伏せたままの本を片づけること。

けれど、シャツをつかむ律の指先を見ていると、どれも今でなくていい気がした。

創矢は浮かせていた腰を、もう一度ゆっくりとソファへ戻す。

沈み込む布の感触に合わせるように、律の眉間から小さな力が抜けた。

それだけで、選んだ答えが間違っていなかったと分かる。

眠ったままの体が、少し近づいてくる。

肩のあたりに額が触れ、さっきよりも重みが増した。

膝にかかっていたブランケットが、足元へずり落ちる。

直してやろうと手を伸ばしかけて、途中で止まった。

律の手は、まだシャツを離していない。

動けば、また起こしてしまうかもしれない。

そう思うと、何もできなくなった。

朝の静けさの中で、二人分の呼吸だけがゆっくり重なる。

窓の外を、誰かが通り過ぎた気配がした。

それでも、この部屋の中までは入ってこない。

ソファの上だけが、まだ夜の続きを残しているようだった。

続く朝

差し込む光が少しずつ伸びていく。

床を照らし、テーブルの端をなぞり、部屋の奥へと静かに広がっていく。

けれど律は、まだ目を覚まさない。

肩にもたれたまま、穏やかな呼吸を繰り返している。

創矢はわずかに頭を傾けた。

肩に触れる髪がかすかに揺れる。

その感触を確かめるように目を細めてから、小さく息を吐いた。

「コーヒー、あとでいいか」

独り言みたいな声だった。

もちろん返事はない。

けれど、その直後だった。

シャツを握る指先が、もう一度きゅっと力を込める。

離さないと言うみたいに。

創矢は思わず笑った。

聞こえていたのかもしれない。

それとも、ただの偶然だったのか。

どちらでもよかった。

テーブルの上には伏せられた本がある。

半分だけ残ったコーヒーは、すっかり冷めていた。

片づけることも、淹れ直すこともできる。

けれど今は、まだその気になれない。

朝の光に包まれながら眠る横顔を見ていると、時間だけがゆっくり流れていく。

休日の朝は、もう少しだけ続いてくれそうだった。

あとがき

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

眠ってしまった律と、立つのをやめた創矢。

声にしなくても伝わるものがある。

そんな静かな朝を、少しだけ覗いてみました。

Thank you for reading! ❤️
I hope you enjoyed this quiet morning with Soya and Ritsu.
Your support helps me continue creating more stories and illustrations. ✨

Clover Room🍀

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