【clum! '95 #03】図書室と絆創膏
立夏による怒涛の基礎練習から解放された翌日の昼休み。
早坂一頼は、逃げ込むように図書室の重い扉を開けた。
「ふぅ……ここは静かだなぁ」
鼻頭には、今朝立夏が「貼り直してあげる!」と言って貼ってくれた、ファンシーな動物柄の絆創膏。
教室にいると「その鼻どうしたの?」と聞かれるし、廊下に出れば元気すぎる立夏先輩に捕まって「昼練するよ!」と言われそうで、一頼は安息の地を求めてここに来たのだ。
(ついでに、バスケのルールも勉強しておかないと。先輩の言ってる専門用語、半分くらい分からなかったし……)
彼はスポーツ関連の棚へ向かった。
しかし、まだ背の低い彼にとって、お目当ての『中学生のためのバスケ入門』は、あいにく一番上の棚にあった。
「う……届かない」
爪先立ちをして手を伸ばすが、指先が背表紙を掠めるだけ。
諦めて踏み台を探そうと振り返ったときだった。
「あの、よかったら取りましょうか?」
鈴が鳴るような、柔らかくて優しい声が降ってきた。
驚いて見上げると、そこには腰まである長い髪の可憐な女子生徒が立っていた。
「あ、すみません! お願いします」
「ふふ、いいよ。これね?」

彼女はスッと優雅に手を伸ばし、目当ての本を取ってくれた。その仕草は、どこかバレエの所作のように洗練されていた。
身長はそこまで変わらないのになぜ届くのか、身体の使い方が違うのかなと一頼は考えながら、少しの間見惚れていた。
本を受け取る時、彼女の視線が一頼の顔の真ん中で止まった。
「あら……お鼻、怪我してるの?」

心配そうに眉を寄せる彼女に、一頼は慌てて絆創膏を押さえた。
「あ、これ……一昨日、バスケ部の見学でボールが当たっちゃって」
「バスケ部……。あ、もしかして、佐野さんの?」
「えっ、佐野先輩のこと知ってるんですか?」
一頼が目を丸くすると、彼女――岡本玲は、少し恥ずかしそうに頬を染めて微笑んだ。
「うん。クラスは違うんだけど、佐野さん、いつも元気でキラキラしてて素敵だから。……そっか、君は新入部員なんだね」
「はい、早坂一頼っていいます。……あの、佐野先輩って、いつもあんなに激しいんですか?」
思わず本音が漏れると、玲は口元に手を当てて「くすっ」と上品に笑った。
「みたいだね。でも、あんなに一生懸命になれるって、すごいことだと思うな。私にはできないから……」
「先輩……?」

玲の言葉には、どこか寂しげな響きがあった。しかし、彼女はすぐに優しい「図書委員の顔」に戻る。
「早坂くん、その本、貸出手続きする? 私、今当番だからやってあげる」
「あ、はい! お願いします!」
カウンターで手続きを待ちながら、一頼は思った。
体育館には「太陽」のような立夏がいるけれど、ここには「月」のような優しい先輩がいる。
「はい、どうぞ。バスケ、頑張ってね。応援してる」

「あ……ありがとうございます! ……えっと」
「岡本。岡本玲です」
「岡本先輩!」
玲に手渡された本を胸に抱き、一頼は深々とお辞儀をした。
鼻の痛みはまだ少し残っていたが、その痛みすらも和らぐような、穏やかな春の午後の出会いだった。
↓ 目次(マガジン)はこちら ↓
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップは製作費に使わせていただきます。