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カビかけの布団とアザラシと私

私の20代前半は築50年、家賃41,000円のアパートにあった生温かい布団の中で溶けて消えた。

20歳から24歳まで。
お気に入りのアザラシのぬいぐるみを奪われたまま、4年間付き合った彼氏と最終的に別れたことを思えば、あまりにも無駄な時間だったと言わざるを得ない。

元彼はイケメンだった。
Mとしよう。
私は面食いと言われた。確かに一目惚れだった。
でも、そのうちにMは私だけのMになった。イケメンでいいやつ以外の特徴が無いらしいMが、私の前では銀色の奥歯を見せびらかして全裸で踊り狂い、子犬のように本当にくぅんと言って甘えた。それがたまらなく愛おしかった。

同じ大学の一つ下。
同じサークル。
お互いに一人暮らしで徒歩圏内。
これだけ並べると憧れのキャンパスライフ♪感があるけど失ったものもたくさんある。

例えば単位。
北向きの彼の部屋は晴れの日でもどんより薄暗い。ロフトに敷かれた一枚の布団。古いエアコンを酷使してなかなかに快適になった小さくてぬくい巣でMは私を、私はモチモチのアザラシのぬいぐるみをそれぞれ腕に閉じ込め、折り重なるようにして眠った。

Mの中指と人差し指からはいつも煙草の匂いがした。私が何度やめてほしいと言っても、煙草を配給制にしても、変わらずに香るその匂いに少し眩暈しながら、寝息を立てて眠るMを背中に感じ、私は一人目を開けてじっと丸まった。

薄い窓の向こうで雀が喚く。
あと30分で1限が始まる。
Mを置いて巣を抜け出し、長すぎるロフトの梯子を降りて徒歩10分のキャンパスに行けないくらいに当時の私は怠け者で、学費や家賃だけでなく携帯代まで払ってくれる親への感謝が全くもって足りていなかった。

恐ろしいことに、当時の私は「未来の私からのお小遣い♪」と言って借りていた奨学金を交際費に使っていた。私は親の脛だけでなく自分の脛までも齧っていた。息子が大きくなったら謝らないといけない。向こう見ずな先人のせいで私の脛は既に鶏ガラだということを。

案の定4年生で単位が足りなくなった私は、週に一度新入生に混ざってスペイン語の授業を受けることになった。長期の旅行や帰省はできなかった。

陽の当たらないロフトに年中敷かれたままの布団は温かいのではなく、ただ生ぬるく湿っていただけということに私は気づいていないふりをした。

迫りくる社会の歯車のすぐ外側に置かれた小さな2人だけの世界で、いつまでも続くようにも思えたじっとりと甘ったるい時の流れが私に変化を恐れさせた。私は、未来の私にこの関係の行く末を任せて、ただ布団を温め続けた。

私だけが社会人になったある日のこと。電車で並んで腰掛けた時に、触れ合った膝小僧に違和感を覚えた。姿勢を正すふりをして距離を置いた。

別れるか、結婚を前提に同棲するか。意味不明な二択を大真面目にMに提示するくらいには、私はまだあの布団のぬくもりが恋しかった。Mも同じだったのかもしれない。いくら議論しても結論は出なかった。

「一緒にいる理由がない。」
それが私たちが数週間かけてようやく見つけた別れる理由だった。

「俺よりも幸せにしてくれる人がいると思う。」
最後にMはそう言った。
それは巾木の上にいつのまにか溜まった埃みたいに、私の中にいつまでもこびりついた。

Mの家に置いてあった私の荷物はMが大きな紙袋に入れて持ってきてくれた。しばらくしてからお気に入りのぬいぐるみが入っていないことに気づいた。未練があると思われたくない私は着払いで送ってとMに頼み、Mは分かったとだけ言った。
それから9年が経った今も行方不明である。
つぶらな瞳をしたアザラシがどのようにこの世から消えたかを想像するだけで今でも胸がちくりと痛む。
彼はその時、既に引っ越していたらしい。夜になればMはあのカビの生えかけた布団で眠っているような気がしていた。いつまでも。そんなはずはないのに。

Mとの写真やLINEのトーク履歴も今はもうこの世に存在しない。幸せだったこともたくさんあったはずだけどなぜか思い出せない。本当に4年も一緒に過ごしたんだっけか。

溶けるように過ぎた4年間は戻らない。

ならば意味を見出そう。
Mには悪いがかませ犬になってもらおう。
犬のモノマネは得意だったはずだ。

授業がない日、あるいはサボった日、私たちはMの実家からの仕送りだったパスタをよく食べた。
2人前のパスタソースのアルミパウチをMは電気ケトルにぎゅうぎゅうと押し込み水を入れ、蓋をせずにスイッチを入れて温めた。その間にフライパンにお湯を張りパスタを茹でる。
おままごとセットみたいなキッチンで、彼が編み出した禁忌の裏技だった。

そして菜箸に麺を引っ掛けてお湯を捨てパスタソースをフライパンに直接ぶっかける。
「食べられる分だけ先に取って。」そう言われ彼の視線を感じながら、かなり遠慮した量を皿に盛った。
彼はフライパンに顔を突っ込むようにしてスプーンとフォークをカチャカチャさせて美味い美味いと貪った。

美味いに決まってる。
ソースも具もフライパンの底に溜まっている。
私はパサパサの麺をモソモソと口に運んだ。左手に持ったスプーンの出番は失われ、それをそのまま食器棚に戻したことをMはきっと死ぬまで知らない。
それでも、虚しい味と引き換えに得たイケメンの唯一の理解者という肩書きに、当時の私は満たされていた。何者でもない何も持っていない自分を覆い隠すのにちょうどよかったのかもしれない。

コンロも鍋もお皿も二つずつ使って作るパスタはとても美味い。
本場イタリアでは大人はスプーンを使わないらしい。でも私は絶対に使う。口に収まりきらないくらいの大きなぐるぐる巻きを作って、口の周りにトマトソースを飛ばしたまま、ボ〜ノォ♪と言い放って人差し指で頬をぐりぐりする。
目の前にいる夫は目を細めてアハハとだけ言って真顔に戻る。息子が丸い目で不思議そうに私たちの顔を覗く。その時間がたまらなく愛おしいのだ。

夫と出会った時、この人なんかいいな。そう思った。私はずっと探していたのかもしれない。巾木の上に溜まった埃のような言葉を当たり前のように払ってくれる人を。

彼から婚約指輪を受け取った後、
「私が幸せにしてあげるね。」
気づいたらそんな言葉が口から出ていた。

「いや、俺が幸せにするから。」
彼はそう言って照れくさそうに笑った。

Mが結婚したらしいと聞いた。
未練があると思われたくなくてそれ以上のことは聞かなかった。どこの誰かも知らないけど、左手に持ったスプーンで整ったMの顔をこちらに向かせて、パサパサのパスタを指させる人でありますように。

私がやっている未来払いには利息も限度額もある。でも、未来の私はいつだってぶつぶつ文句を言いながら帳尻を合わせたり赤マルを二重にして花びらを描き足したりするのだろう。

あの部屋にあった布団は繭みたいなもので、私はサナギだった。そういうことにしよう。もし仮にサナギの中身が空っぽなら何かを適当に詰めればいい。サナギから出てきたものが禍々しい色の蛾だったらこれは蝶だと言い張ろう。

4年は長い。
アザラシだったら赤ちゃんが親になり、そろそろ生まれた子が巣立つくらいには。

でも、あの日1限を諦めてMと2人丸まって布団に頬をうずめたあの瞬間も私は走馬灯で見たい。

それでも一つだけ、言わせて。




アザラシ返して。







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