枠組みの中で最適化するだけでいいのか—特許の鉄人2026に参加して悩んだこと
今年の「特許の鉄人2026」に、第一試合の審査員と第二試合のお題プレゼンターとして参加しました。
全体を通して感じたのは、先行技術との差分整理や従属項のバリエーション出しはAIが得意、一方で請求項の細かな作り込みや、活用まで考えたときの意図に沿った構成づくりには人間の強みが出る、という構図です。
第二試合:投票者として見たかった対戦
私は第二試合のお題プレゼンター(発明者役)でした。AIにそのまま読み込ませるだけでは解きづらいよう、意図的に動きのある題材を選んでいたのですが、AI谷さんのクレームは簡潔に特徴を捉えており、非常にまとまりの良いものに仕上がっていました。使用したAIの精度がよいことはもちろんのこと、熟練の弁理士による整理された入力があったからこその仕上がりなのではと思います。
私はこの試合では投票はしていませんが、もし投票できたなら、平林さんのクレームを選んでいたと思います。
平林さんのクレームが良かったのは従属項の作り方です。独立項で打ち出した課題を、従属項が一貫して深掘りし支えているように思いました。この構成は、審査において進歩性の議論になったときに説明しやすいです。「この従属項がこの課題を支えている」という一貫した設計——審査を見据えて進歩性を出しやすい方向に仕上げる判断——は、単なるバリエーション生成とは異なり、人間のセンスが光る部分だなと思いました。
また平林さんが独立項において「操作」という部分を反映しようとしていたのも、自分としては意図通りでした。
第一試合:投票後も引っかかり続けた判断
第一試合はプレゼンなし・ブラインド形式で、純粋に文字情報だけを頼りに投票する方式でした。発明のポイントをどこに見出すかが難しく、切り出し方次第でクレーム構成が大きく変わります。実は審査員同士でも「発明のポイントはここですよね?」と裏で確認し合っていたほどです。
AI野崎さんのクレームは、宮下さんの手法を学習させたAIが生成したもので、先行技術との差分——正常時には通知しないという通知タイミングの特徴——をきちんと反映しているように思いました。宮下さんのクレームは、余計な限定を排した権利行使しやすい構成で、豊富な係争経験がにじみ出るものでした。なお、AI野崎さんのクレームがあまりにも宮下さんらしかったため、「宮下さんだと思って投票したら野崎さんだった」という方が出たほどです。
私はAI野崎さんのクレームに投票しました。先行技術の方向性が示されており、発明者の意図した課題(作業者の検査負担を軽減する)に沿っていると判断したからです。
ですが、審査後もずっと引っかかっていました。
クレームを、私は正当に評価できていたか。
投票後に改めて考えると、宮下さんのクレームには別の強みがありました。余計な限定がなく侵害確認が容易な構成は、権利として実際に機能させるときの強度を高めます。「発明者の意図した課題に沿っているか」という軸を重視してしまうと、この種の価値が見えにくくなります。
そこで気になったのが、評価軸そのものです。
発明者の意図への忠実さと権利として行使しやすい構成は、必ずしも一致しません。AI野崎さんのクレームは前者の点で説明しやすかったです。宮下さんのクレームは後者の点で実務的に優れていました。どちらを軸に置くかで結論は変わります。
与えられた情報の中で評価基準に適合した出力を仕上げること、テキストデータから発明者の意図を読み取ること——これはAIが本質的に得意とする領域です。AI野崎さんのクレームはまさにその強みが出た結果だったと思います。
一方、宮下さんのクレームの価値——係争経験から来る「使える権利」の感覚——は、ある種、枠組みの外側から来るものです。評価基準にはっきりと明示されていなくても実務で効いてくるもの、発明者が言語化していない活用場面を見越した判断です。
整理すると
AIが得意なこと:
評価基準への適合(一般的に良しとされる構成への最適化)
テキストデータからの発明者意図の読み取り
先行技術との差分反映
特定の弁理士の手法の再現(学習による)
人間(経験ある弁理士)が強みを持つところ:
係争や交渉等の経験に裏打ちされた「使える権利」の構成判断
発明者の意図を超えた可能性の提示
これからの代理人の在り方
今回の試合を通じて、一つの問いが残りました。
「既存の枠組みの中での最適化」を、代理人の仕事のゴールにしていないか。
与えられたテキストから発明者の意図を読み取り、評価基準に適合した形でアウトプットする——それはAIがすでに高い精度でできることです。AI野崎さんのクレームはまさにその典型でした。
ここで「枠組み」と呼んでいるのは、発明者の意図だけではありません。「良いクレームとはこういうものだ」という業界の常識、審査対応の定石、これまで積み上げられてきた実務の前提——そういったものすべてが含まれます。AIはこれらの枠組みを学習し、その中で精度高くアウトプットを仕上げることができます。
だとすれば、代理人にしかできないことはどこにあるのか。
私が今回感じたのは、その枠組み自体を疑い、崩していくことです。ただし、むやみに崩せばいいわけではなく、前提として、「ここを崩すことに新しい意味がある」という判断が必要です。どの枠組みが本質的な制約で、どこが単なる慣習に過ぎないのか——その見極め自体が、代理人の仕事になっていくのだと思います。
意味を見出した上で初めて、発明者がまだ言語化していない課題、業界が当たり前とみなしてきた前提の見直し、これまでの定石では拾えなかった切り口——そこを提案し、一緒に形にしていくことができます。それが、これからの代理人の付加価値になるのではないかと思っています。
(今回対戦相手でもあった宮下さんは、「新型ト書き」という新しいクレーム記載方法の研究をされていました。これはまさに、従来の記載方法という枠組みそのものを問い直す試みです。クレームの書き方自体に新しい意味を見出し、形にしようとしています。そこにも大いに刺激を受けました。枠組みを崩すとは、一例としてこういうことだと思います。)
もちろん、発明者の同意と理解を得ながら進めることが前提です。枠組みを崩すといっても独りよがりではいけないので、「こういう切り口もありませんか」と対話しながら、一緒に新しい枠組みを作ることになると思います。そしてその往復の中に、人間の価値が出てくるのではと思います。(うーん、でもこれも、いずれはAIでできるのかな?)
今回の試合が、そのことを改めて鮮明にしてくれました。非常に考えさせられる、良いイベントでした。
