エッセイ|ミニマムな幸福論
とある昼下がり、何の気もなしに学生時代に書いたいくつかの文章を読み返していたら、ふとある事に気付いた。多くの場合、テーマは自由だったはずなのに、結びの部分になると大概幸福論になっている。しかも、非常にミニマムな。
それに気付いたとき、思わず愕然としてしまった。自分自身をとりまく環境を内心では明らかに憂えていながら、表面上はどうにか取り繕ろおうとしていた過去の自分。思春期特有の鋭利な刃物さながらの感受性と脆弱な精神性とが共存を強いられ、長い間不自然な体勢をとり続けていたあの頃。様々な記憶、そして、消化し切れずに棚上げしたままの諸々の思いがよみがえる。
──結論。中途半端な自己分析なんてするもんじゃない。
* 2000/11/27記(2025/5/28公開)
書くことも、話すことも、どちらもわたしの“対話”。
そんな気持ちでnoteを続けています📚
昔の文章に出会うと、覚えていたはずの“あの頃の自分”が、意外と今のわたしにもつながっていたりする。
うまく言葉にできなかった気持ちや、そっと棚にしまった想いを、やさしくほどいて眺めてみるような時間、ご一緒しませんか?
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