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【ショート】 選ばなかった先

―― short story ――

長年支えた主人の元を離れる朝、
婚姻を求められた男の元へ向かう朝、
その二つの朝のあいだに、
彼女は立っていた。

条件は整っていた。

結婚すれば、暮らしは保証される。
戻れば、主人はまた立ち直るかもしれない。

――けれど。

彼女は初めて、自分に問いかけた。

「私は、いつまで誰かのために生きていくのだろう」

主人の屋敷では、
彼女の代わりに何人もの人が雇われ、
誰一人、長くは続かなかった。

部屋は荒れ、
主人は不機嫌になり、
酷い噂が、町へ流れ始めた。

私に婚姻を求めた男は、もう一度だけ迎えをよこした。

「考え直す気はないか」と。

彼女は首を横に振った。

彼女は町へ出た。
小さな宿の手伝いをし、
布を繕い、
食事を作った。

誰かに仕えることは、相変わらず得意だった。
だが、違う点が一つだけあった。

――帰る部屋が、自分のものだった。

夜、灯りを落とし、
疲れた足を伸ばす。

誰も呼ばない。
誰も待たない。

静けさは、最初、少し怖かった。

だが、慣れると、
それは優しい重さになった。

数年後。

転げ落ちた主人の噂を聞いた。
彼女は、胸の奥で、何かが終わる音を聞いた。

助けに行かなかった。

代わりに、翌朝も、パンを焼いた。
選ばなかった未来は、
誰にも語られない。

彼女は、息を吐いた。
彼女は今日も働く。



扉をノックする音が聞こえた。
開くと、彼が立っていた。




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