【ショート】 夜のベンチ
―― short story ――
少し肌寒い風が頬を撫でる。
夏の夜の匂い。
体は冷えているのに、胸が熱い。
真っ暗闇に見えていた景色も、ずっと、暗がりにいると、
目が慣れてはっきりと見える。
月の光が、眩しいくらい。
横には、星々が綺麗に瞬いている。
時々、雲がやってくる。
月を半分だけ隠して、また、過ぎ去って。
随分、長いことそれだけを見ていた。
ふと、前が翳る。
気配を感じて、横に避ける。
酒臭い。
酔っ払いの叔父さんが、だらしなくベンチへ座り込む。
……私が先に座っていたのに。
鼻を摘んで、眉根を寄せ、立ち上がる。
歩いて、ベンチの代わりを探す。
キィと音をさせて座る。
ゆらり、ゆらりと足を蹴る。
乗るのは、久しぶりだった。
鎖にしっかりと捕まると、少しだけ強く蹴ってみる。
風を感じると、頬が緩む。
……楽しいかも。
前に行くと、月が近い。
後ろに行くと、地面が近く感じた。
蹴るのを止めると、振り子は緩やかになる。
時間をかけて止まるのを待って、立ち上がる。
ベンチは空かない。
すっかり眠ってしまったようで、
気持ちの良さそうな不規則な寝息が響く。
背中を向けて、歩く。
ここはとても小さい空間だった。
日中、子供たちが作っていった崩れた山のトンネルと、青い小さな滑り台。
どんぐりの木と楠の木。
周囲をツツジが囲んでいる。
立ち尽くして、空を見上げる。
まだ、夜は深い。
今度は、騒がしい声が入る。
公園に入ってくると、五、六人の男女が叔父さんに気づいて近づいていく。
男が、ベンチの上で伸びている叔父さんに手を伸ばす。
そして、首根っこを掴むと、
ベンチの前へ乱暴に引きずり下ろした。
鈍い音。
笑い声。
寒気がする。
ベンチに女たちが座って笑っている。
男が叔父さんの右手を踏む。
空気を引き裂くみたいな息が漏れた。
男が叔父さんの鞄に手をかけた時、
――やめてよ。
震える声は、この空間を震わせた。
誰もが動けなくなる。
でも、視線は叔父さん以外の全員が、私を捉えていた。
男の一人のズボンが湿る。
誰一人叫ぶことはできなかった。
――ひどい。
潤む声は、どんな風に聞こえているのだろうか。
女の一人が失神する。
慌てて、動けるようになったもう一人が支える。
男たちは女を置いて、公園から逃げ出す。
呆然とする女たちは口々に何か叫びながら、足を引きずって去っていく。
倒れたままの叔父さんに近づいて、よく見る。
踏まれた右手と、頬から血が出ていた。
呻きながら起き上がると、
横に座り込む私を見て、困ったように笑って言った。
「……どうしたんだい?そんなに泣いて」
叔父さんは、お酒臭かった。
次の日、叔父さんは昼間に来て、ベンチに座った。
手には、包帯が巻かれていた。
辺りを見渡す。
昼時は、子供たちが帰った後で、誰もいない。
コンビニで買ってきたチキンバーを袋から取り出し、口に運ぶ。
頬張りながら、もぐもぐとしゃべる。
「……いないなぁ」
その日の夕暮れ時も、叔父さんは来た。
次の日も。
そして、ある日、夜更けに来た。
ちゃんと、誰もいないか周りを気にしているようだった。
ベンチに腰掛ける。
今日は、酔ってない。
首を動かしながら、何かを見ている。
……探してくれている。
少し胸が躍る。
でも、今日の叔父さんは酔ってない。
それでも、叔父さんの目が真剣な気がして、そっと、目の前に立った。
叔父さんの目が大きくなる。
「……あ、あの時は、……」
視線が私の顔から下に動く。
止まる。
――なに?
叔父さんの顎に、手を添えて上を向かせる。
私の顔を見ると、叔父さんがゆっくりと口を開いた。
「……ありがとう」
言葉はあたたかかった。
なのに、顎から落ちる雫は、とても冷たかった。
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