【ショート】 名前を売る店
―― short story ――
ジェンドの街には、なんでも売り買いのできる店があると噂がされていた。
ほとんどの人が、噂と気にも留めない店を、俺は血眼で探していた。
そして、2年目の今日、ついに手がかりを見つけた。
裏路地の黒い服を着た男に、『South』という合言葉を告げる。
すると、暗い壁が歪み、その店は姿を現した。
呆然と見つめていると、
黒い服の男に背中を押された。
ウィン……
扉がスライドし、店内に入る。
眩しく感じるのは、路地が暗すぎたせいだ。
幅広く商品が並ぶ店は、雑貨屋のように見えた。
危険なものは置いておらず、どれも、小物のように見える。
「いらっしゃい」
声がかかり、店内の奥を見ると、老人が一人腰掛けていた。
新聞に目をやりながら、パイプを加えている。
「……売りたいものがあるんだが」
要件を告げると、老人がこちらを一瞥する。
「なんだね」
「……名前を売りたい。そして、新しい名前も買いたい。」
「ふむ。」
老人はパイプを置いて、メガネの位置を直す。
それから、奥でガサゴソと何かを取り出す。
机にごとっと置いたのは、水晶だった。
「後悔はないかい?」
「あぁ」
これだけは、絶対だった。
「水晶に手を置いて、お前さんの名前を告げなさい」
水晶に手を乗せる。
淡く光る。
金色の胞子のようなものが水晶から溢れ出す。
老人を見る。
老人は少し驚いた顔をしたが、頷いた。
「……俺の名前は、勇者レギウス・ドラグーシャ」
金色の光が輪のように広がり、やがて、静かに水晶に吸い込まれていった。
残るのは、光る胞子のみ。
「……これで、お前はもう違う人間じゃ。」
……頭に名前が浮かぶ。
「俺の名は、エリン。……ただのエリンだ。」
口角が自然と上がる。
俺は、町のしがない男だ。
もう、何にも囚われない。
「主人、対価は?」
興奮して少し早口になる。
「いや、もらいすぎじゃな。……待っておれ。」
老人は暖簾を押し、奥の部屋に入る。
何やらガサゴソと音がした。
そして、さまざまな小物を目の前に広げた。
よく見ると、高価な品ばかりだった。
「……どれか、くれるのか?」
「いや、すべて持って行きなさい。……それにしても、なぜ手放す?」
老人は難しい顔をしていた。
「……迎えに行きたい人がいるんだ」
老人の顔が曇る。
「……もう、分からんぞ。」
俺は首を振る。
……分かる。
「……ここを教えてくれたのも、彼女なんだ」
老人は目を見開く。
「主人、ありがとう。」
俺は持ってきてくれた品を布に包むと、店を後にした。
「お幸せに……」
振り返ると、老人は笑っていた。
森を、ひた走る。
ここは、誰も入らない未開の地。
木々をくぐり抜けると、小さな小屋がある。
山菜や薬草を積んだであろうカゴを抱えた女性が扉の前にいる。
「クロエっ!」
驚いたように振り返ると、クロエはカゴを落とした。
「……レギウス」
駆け寄ってきたクロエを抱きしめる。
「エリンだ。」
「……本当に売ったのね。バカな人」
クロエは、笑った。
俺が救ったのは、世界じゃない。
――たった一つだけだった。
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