【ショート】 もう一人の私
―― short story ――
朝、影が少し遅れて動いた。
最初は、気のせいだと思った。
夕方の学校帰り、友達と別れて一人で歩く。
ふと、気配を感じる。
振り返っても、誰もいない。
影が揺れる。
夕食を食べて、お風呂に入る。
鏡の前で髪を梳かしていると、
なぜか違和感を感じる。
ふと、振り返っても何もない。
……最近、こういったことが増えた。
日記を開く。
目を疑う。
見覚えのない文字が並んでいた。
しかも、昨日だ。
昨日は、書かないで寝てしまったのに。
『4/30(木) 晴れ
今日も、秀くんがかっこよかった。
一目見ただけでドキドキしちゃう。
告っちゃおうかな。』
血の気が引いた。
木更津秀くんは、学校でも有名な遊び人だった。
それに、私の好きな人は……。
次の日、体が重かった。
昨日のことがあってか、よく眠れなかった。
学校へ力なく向かっていると、
突然、肩を掴まれた。
息が、止まる。
「おはよう」
木更津くんだった。
頭が真っ白になる。
「……おはよう」
小さい声で答える。
「どうした、顔色悪いな。昨日は、あんなに元気だったのに」
……え?
体が、震えた。
木更津くんは、私を心配してくれているようだった。
たった、一日で?
日記は昨日の夜、……まさか。
木更津くんを見上げると、彼の手が私に伸びた。
パシッと、その手が掴まれる。
「……何してんだよ」
低い声だった。
——りょうちゃん。
「……お前に関係ねぇだろ」
木更津くんの顔が歪み、涼ちゃんを睨む。
「自分の彼女と話して何が悪いんだよ」
——本当に……なんてこと。
顔を覆う。
「頭、湧いてんのか。」
ハッとして顔を上げる。
「りょうちゃん」
木更津くんを殴ろうとしている涼ちゃんの腕を咄嗟に掴む。
涼ちゃんは、空手部のキャプテンだった。
——喧嘩はだめ。絶対に。
涼ちゃんの腕は震えていた。
地面に鈍い音がする。
見下ろすと、木更津くんが転がっていた。
「二度と、俺たちの前に顔を出すな。」
「くそっ。そっちから誘ってきたくせに、なんなんだよ!」
忌々しげに、吐き捨てて行ってしまう。
私は力が抜けて、座り込みそうなのを涼ちゃんが支えてくれる。
「……ごめ、ん」
私をそっと横抱きにすると、近くの公園のベンチまで連れて行ってくれた。
カバンを私の横に置いて、反対側に涼ちゃんが座る。
「涼ちゃん、遅刻しちゃうよ」
「……いいよ。どうしたんだ?」
さっきとは違う和やかな低い声。
それだけで泣きそうになってしまう。
頭に手をポンと乗せてくる。
静かに頭を撫でてもらうと、少しだけ落ち着いてきた。
……話してもいいのかな。でも、話したら、こんな不思議なこと、困っちゃうよね。
そっと、見上げると真っ直ぐな瞳がある。
私だけを見てる。
「私……」
その時、視界が濁った。
声が、木霊するように聞こえる。
「涼ちゃんの全部が欲しいの」
目が覚めたら、温かい腕の中にいた。
見知らぬ部屋だった。
私の髪を絡めるように触れているのは、
「……りょうちゃん……?」
何が起きたか分からないままでいると、涼ちゃんが私を抱き起こし、
毛布で包んだまま引き寄せた。
「俺、約束したから。」
「約束……?」
「もう一人のお前と。」
胸が一つ跳ねた。
それなのに、
涼ちゃんの瞳に映る私は戸惑っていなかった。
「……浮気だけはしないって」
ぽろっと涙が落ちる。
それなのに、
瞳に映る私は……笑っていた。
いいなと思ったら応援しよう!
この物語を楽しんでいただけたら、そっと応援していただけると嬉しいです。いただいたチップは、物語を続けていく力に使わせていただきます。