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その臨床実践報告書、実は「もったいない」かも?添削でよく見る3つのポイント

目次

1. 「ちゃんと書いているのに、なんか伝わらない」の正体
2. もったいない①「やったこと」が多すぎる
3. もったいない②「なぜ?」が抜けている
4. もったいない③結果ばかり見てしまう
5. だから、誰かに見てもらう価値がある

はじめまして。

訪問リハビリに従事している認定作業療法士(OT)です。

「その人らしい生活」を支えることを日々の仕事としています。

訪問分野で以前管理者としてスタッフ育成に関わったり、認定作業療法士を目指す方の相談に乗ったりしていた中で、よく思うことがありました。

それは、

「この報告書、もったいないなぁ」

ということ。

いや、決してダメな報告書という意味ではありません。

むしろ逆です。

「ちゃんと臨床してるのに、それが文章から伝わってこない」

そんなケースが結構あります。

そして、これは何を隠そう、昔の自分もそうでした。

一生懸命書いている。

時間もかけている。

何度も読み返している。

なのに、なぜかしっくりこない。

「これで本当に大丈夫なのかな……」

そんな不安が出てくる。

今回は、実際に臨床実践報告書を見たり、自分自身が作成した経験から感じる、

「ここ、ちょっともったいない!」

というポイントを3つ紹介します。

1.「やったこと」が多すぎる

まず、一番よくあるのがこれです。

報告書を一生懸命書こうとすると、

「自分がやったことを全部書かなきゃ」

と思ってしまいます。

評価をしました。

歩行練習をしました。

自主練習を指導しました。

家族に説明しました。

環境調整をしました。

福祉用具を検討しました。

多職種と情報共有しました。

……とにかくいっぱい書く。

気持ちはめちゃくちゃ分かります。

だって、自分が頑張ったことですから。

「こんなにやったんですよ!」

って伝えたくなりますよね。

でも、ここで少し考えてみてください。

例えば、

「私は今日、朝起きて、歯を磨いて、顔を洗って、ご飯を食べて、着替えて、家を出ました」

と友達に報告したら、

「……うん。それで?」

ってなりませんか(笑)

大切なのは、

何をしたかを全部並べることではなく、何を考えて、その行動を選んだのか

です。

例えば、

「歩行練習を実施した」

だけなら、事実です。

でも、

「本人が一人で近所のスーパーへ行くことを目標としていたため、屋外での歩行に必要な能力を確認しながら、実際の生活場面を想定した歩行練習を行った」

となると、少し違って見えます。

「この人には、この目標がある」



「そのためには、これが必要だ」



「だから、この介入を選んだ」

という流れが見えてきます。

これが、作業療法士としての「考え」です。

全部盛りにするより、

必要なものを選んで、その理由を説明する。

この方が、ずっと伝わりやすくなります。

2.「なぜ?」が抜けている

次に多いのが、

「なぜ?」が書かれていない

ということです。

これは、第3弾の記事でも少し触れました。

でも、ここは本当に大事なので、もう一度言わせてください。

臨床実践報告書では、

「何をしたか」

だけではなく、

「なぜ、それをしたのか」

がとても大切です。

例えば、

「本人に自主練習を指導した」

と書いてあったとします。

そこで、

「なぜ自主練習を指導したんですか?」

と聞いてみる。

すると、

「筋力低下があったから」

という答えが返ってくるかもしれません。

じゃあ、さらに聞きます。

「なぜ筋力をつける必要があったんですか?」

「歩けるようになるためです」

では、

「なぜ歩けるようになる必要があったんですか?」

……と、どんどん「なぜ?」を掘っていく。

すると、

「実は本人が、また一人で近所の喫茶店に行きたいと言っていた」

なんてことが出てくるかもしれません。

そうなると、話が変わります。

単純に、

「筋力を上げるための自主練習」

ではなく、

「本人が大切にしている生活を取り戻すために、必要な身体機能にアプローチした」

という意味が見えてきます。

これって、まさに作業療法ですよね。

だから私は、報告書を読むとき、

「この人は何をしたんだろう?」

だけではなく、

「この人は、なぜこれをしたんだろう?」

という目線で読むようにしています。

そして、ここが書けていないと、

「せっかく良い臨床をしているのに、もったいない!」

となるわけです。

3.結果ばかり見てしまう

3つ目は、

「結果が良くなったこと」に意識が向きすぎる

ということです。

例えば、

歩行距離が伸びました。

FIMが改善しました。

ADLが向上しました。

外出できるようになりました。

もちろん、これらは大切です。

頑張った結果が出ると嬉しいですし、報告書にも書きたくなります。

僕だって書きたくなります(笑)

でも、臨床ってそんなに単純じゃないですよね。

「この介入をしたら、数値が上がりました!」

だけでは、その人との関わりの面白さが半分くらいしか伝わりません。

むしろ大切なのは、

「その結果を見て、自分は何を考えたのか」

です。

例えば、

「歩行距離は伸びた。しかし、本人の外出頻度は変わらなかった」

とします。

一見すると、

「うまくいかなかった症例」

に見えるかもしれません。

でも、そこで終わらせない。

「なぜ歩けるようになったのに、外出しなかったんだろう?」

と考える。

すると、

「本人にとって外出のハードルは身体機能だけではなかった」

ということに気づくかもしれません。

家族への遠慮だったり。

転倒への不安だったり。

外出先でトイレが心配だったり。

そもそも「外に出たい」と思っていなかったり。

ここまで見えてくると、

「身体機能が改善した=生活が改善した」ではない

という、訪問リハならではの視点が出てきます。

そして、実はこういうところに臨床の面白さがあります。

「良い報告書」を書こうとしすぎなくていい

ここまで3つ紹介しました。

①「やったこと」が多すぎる

②「なぜ?」が抜けている

③結果ばかり見てしまう

でも、ここで一つ伝えておきたいことがあります。

これらは、

「あなたの臨床がダメですよ」

という話ではありません。

むしろ、

良い臨床をしている人ほど、もったいないことがあります。

なぜなら、普段から当たり前のように考えているからです。

「この人なら、こうした方がいいよね」

「この環境なら、これが危ないよね」

「この人は、ここを大事にしているから」

臨床経験を積むと、こうした判断が自然にできるようになります。

でも、

「なぜそう考えたの?」

と聞かれると、

「えーっと……なんとなく?」

となる。

いやいや。

なんとなくじゃないんですよ。

ちゃんと経験と知識と観察から判断している。

ただ、それが自分の中では当たり前になりすぎていて、言葉になっていないだけなんです。

これ、すごくもったいないと思います。

私自身も「添削されて初めて気づいた」

実は私自身も、最初から自分の臨床をうまく言葉にできたわけではありません。

書いている本人としては、

「結構ちゃんと書けたんじゃない?」

と思うんです。

ところが、第三者に読んでもらうと、

「ここは、なぜこの方法を選んだんですか?」

「この時、本人はどう思っていたんですか?」

「この結果から、あなたは何を考えましたか?」

と聞かれる。

そこで、

「……あれ?」

となる。

書いたつもりだったのに、書けていない。

考えていたつもりだったのに、言葉になっていない。

でも、その「なぜ?」を一つずつ掘っていくと、自分の中にちゃんと答えがあるんです。

そして、それを文章にしていく。

すると、

「あ、自分はこう考えていたんだ」

と分かる。

これが、添削の面白いところだと思っています。

誰かに読んでもらうと、自分では見えなかったものが見える

文章って不思議です。

自分で何十回読んでも気づかないことを、他の人が一回読んだだけで、

「ここ、ちょっと分かりにくいですよ」

と言われることがあります。

逆もあります。

「ここ、すごくいいと思います」

と言われて、

「え?ここ?」

と驚くこともある。

自分にとっては普通のことだった部分が、実は自分の臨床の強みだったりするんです。

だから、臨床実践報告書で悩んでいる方に伝えたいのは、

一人で何時間もパソコンとにらめっこしなくてもいい

ということ。

もちろん、自分で考えることは大切です。

でも、行き詰まったら誰かに読んでもらう。

「ここって、どういう意味に見える?」

「自分の考え、伝わってる?」

と聞いてみる。

それだけでも、かなり変わります。

認定OTを目指す過程は、自分の臨床を言葉にする練習

認定作業療法士を目指すことは、資格を取ることだけではありません。

自分が普段何気なくやっている臨床を、

「なぜ自分はこう考えたんだろう?」

と振り返る時間でもあります。

最初は面倒です。

正直、面倒です(笑)

仕事が終わってからパソコンを開く。

文章を書く。

消す。

また書く。

そして、

「昨日の自分、何を書いたんだ……?」

となる。

でも、その積み重ねの先に、

「自分は作業療法士として、こういうことを大切にしている」

というものが少しずつ見えてきます。

それは、資格を取った後にも残ります。

臨床で迷った時にも使える。

後輩に説明する時にも使える。

チームで話し合う時にも使える。

管理者になってスタッフを育てる時にも使える。

だからこそ、私は臨床実践報告書を書くことに意味があると思っています。

もし今、報告書を書いていて、

「何か足りない気がする」

「ちゃんと書いているのに、しっくりこない」

「自分の考えが文章にならない」

と悩んでいるなら。

もしかすると、足りないのは知識や経験ではなく、

「自分の中にある考えを、誰かと一緒に整理すること」

なのかもしれません。

私自身がそうでした。

だからこそ、今は認定OTを目指す方の報告書を読むとき、

「ここがダメ」

ではなく、

「ここに、あなたの考えが隠れているんじゃない?」

という視点で見るようにしています。

せっかく頑張ってきた臨床です。

その良さが、文章の中に埋もれてしまったらもったいない。

次回はいよいよ、このシリーズの最後。

「認定OTを目指すなら、一人で悩まなくていい。」

というテーマで、私が臨床実践報告書の添削を始めた理由や、どんな思いでサポートしているのかをお話ししたいと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

この記事を読んで、

「これ、自分にも当てはまるかも」

と思った方は、ぜひコメントで教えてください。

「今まさに報告書を書いてます!」

という方も大歓迎です。

少しでも「参考になった」と思っていただけたら、スキを押してもらえると嬉しいです。

これからも、医療職のキャリアや訪問リハのリアル、認定OTを目指す過程で感じたことを発信していきます。

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