見出し画像

「手のひらを太陽に」と「アンパンマン」…やなせたかしの世界観

少し前に、大阪NHKの朝ドラで、漫画家やなせたかし夫婦を主人公にした作品が放映された。あらためて思うのは、やなせたかしという人物がつくづく稀有な漫画家であるということである。ある程度の年齢の方なら、国民的な名声を得る以前のやなせを知っておられようが、その頃の彼は漫画家というより絵本作家あるいは詩人といった佇まいだった。

明るい歌に秘めた、祈りを宿す漫画やアニメの印象があった

「やなせたかし」で思い出すのは、「手のひらを太陽に」ではないだろうか。1961年に制作され、翌年NHK『みんなのうた』で放送された。そのころ、やなせたかしは、日本教育テレビ(NET、のちのテレビ朝日)のニュース番組の構成をしていた。その番組内の今月の歌として、自身で作詞した「手のひらを太陽に」を知り合いのいずみたくが作曲し、宮城まり子とビクター少年合唱隊が歌って、映像はやなせたかし制作のオリジナルアニメーションで放送された。そして1969年からは、小学校6年生の音楽の教科書に掲載されたのである。(Wikipediaより)

子供時代、懐中電灯を手にあて、真っ赤に透けてみえた印象ー
「みんな生きているんだ、友だちなんだ」こそが生命…


明るく軽やかな曲調の奥に、やなせの「いのち」が静かに宿っている。やなせは子どものころ、懐中電灯を手に当てると、手のひらが真っ赤に透けて見えたことが、強烈な印象として記憶にあるという。夜中、一人で仕事をしていて、筆がとまったときに電気スタンドで手を温めていると、指の間がきれいに赤く見え、その鮮やかな色は、落ち込んでいるときで、さえ自分の中を元気な血が流れている―そんな実感を与えてくれたと述懐している。
生命というものは、声をあげなくとも確かに息づいている。その気づきが、「みんな生きているんだ、友だちなんだ」という歌詞を生んだのだろう。

手のひらを太陽に
Youtube登録:宮城まり子・トピック

土佐くろしお鉄道 9640-11 「手のひらを太陽に号」


やなせたかしのふるさと、高知を走る《土佐くろしお鉄道》9640-11 は、ユニークすぎる名前が人気の「手のひらを太陽に号」がある。高知に行かれる際には、観光客にも人気のこのやなせブランドの電車を楽しんでみたい。

土佐くろしお鉄道 9640-11 「手のひらを太陽に号」
出典:Wikipedia
撮影:Rsa - Rsa

飢えた人にひと切れのパンを差し出すーアンパンマンにやどる平和への祈り

やなせたかしの作品世界には、常に平和への祈りが息づいている。それは高邁な理念として語られるものではなく、飢えた者にひと切れのパンを差し出すという、きわめて小さく、しかし決定的な「善」によって示される。正義とは力の誇示ではなく、弱きものの空腹に寄り添うことである―この思想は、アンパンマンの世界全体に静かに巡っている血潮のようなものだといえる。


影も光の輪郭をつくるーバイキンマンの存在

その中で、悪役として描かれるバイキンマンは、どこか憎めない存在である。彼は企み、失敗し、また立ち上がる。そのたびに、悪意では説明しきれない孤独の影が差す。やなせの平和主義は、敵を排除することで世界を整えるのではなく、「影もまた光の輪郭をつくるもの」と受け止める思想である。バイキンマンがいることで、アンパンマンの正義は過度に硬質にならず、人の体温のようなぬくもりを保っている。

 そして、物語の片隅でそっと息づくのが「ばばばー」である。言葉を持たず、ただ「ばばばー」としか発しないその存在は、やなせが追い求めた“言葉以前の優しさ”の象徴である。説明をせず、意味を押しつけず、ただそこにいるだけで世界をやわらかくする。ばばばーの佇まいは、「手のひらを太陽に」が伝える生命の肯定と響き合っている。

 バイキンマンが騒ぎを起こし、アンパンマンが光を差し出し、ばばばーがふっと風を通す。三者がそろうことで、世界は丸みを帯び、争いはやがて滑稽さとともに消えてゆく。平和とは声高に語られるものではなく、このような日々の“はしっこ”に漂う微かな温度なのだと、やなせは静かに示しているのである。

ばばばーの言葉にならない声、小さな光を信じるやなせの心

 手のひらを太陽にかざすと、光が体温のように戻ってくる。ばばばーの言葉にならない声もまた、そのぬくもりに近い。世界の隅にひっそり置かれた優しさを拾い上げるとき、争いの理由は少し薄れ、影さえもいとおしく感じられる。やなせたかしの世界観とは、そうした小さな光を信じ続ける姿勢であり、わたしたちの暮らしにそっと差し出された、ひと切れのパンのようなものである。

京の冬、庭には澄み切った千両(センリョウ)の実。その清らかな赤が寺町の軒先を染める頃、「手のひらを太陽に」が風とともに流れてくる。

生きているから うれしいんだ

手のひらを太陽に
作詞:やなせたかし 作曲:いずみたく  

ぼくらはみんな 生きている
生きているから 歌うんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから かなしいんだ
手のひらを太陽に すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血潮
ミミズだって オケラだって
アメンボだって
みんなみんな生きているんだ
ともだちなんだ

ぼくらはみんな 生きている
生きているから 笑うんだ
ぼくらはみんな 生きている
生きているから うれしいんだ
手のひらを太陽に すかしてみれば
まっかに流れる ぼくの血潮
トンボだって カエルだって
ミツバチだって
みんなみんな生きているんだ
ともだちなんだ

その言葉は、やなせたかしが生涯をかけて描いた世界そのものだ。弱いものに寄り添い、見えないところで泣いている誰かへ、そっと掌を差し出す。

やなせたかしの物語は、光や空気と重なりながら、今も静かに息づいている。アンパンマンが空を飛ぶその向こうには、いつもやなせたかしの≪太陽≫がある。それは、掌に宿る小さなひかりだ。


この記事のメインビジュアルは、naota_t  さんの画像をお借りしています。
アンパンマンの存在感を際立たせ、記事の内容を象徴していると感じています。ありがとうございます。



いいなと思ったら応援しよう!

kyotoK noteの2年目はチャンレンジングな創作にもアプローチしたいです。応援いただいたチップで取材をしたり、作品づくりに活用させていただきます!