【海外駐在】子どもの英語成長記録と学校生活①
子どもの英語どうしよう?
駐在員のご家族だったら、一度は悩む方が多いのではないでしょうか。
日本人が多いアジア圏、ヨーロッパや北米の大都市なら、全日制の日本人学校という選択肢もあります。
しかし、インターナショナルスクールに入学希望の方、そもそも現地校しか選択肢がない場合、英語は必須です。
子どもが小さいときに帯同していたアジア某国は、立派な全日制日本人学校があったのですが、今回帯同した北米地方都市は現地校しか無く、我が家も例に漏れず「子どもの英語どうしよう・・・」と、頭を悩ませることになりました。
今回は、駐在決定時~渡航後6ヶ月までの子ども達の英語力と学校での様子に関して書いてみようと思います。
駐在決定時の子ども達の英語レベル
主人の駐在が決定した時、上の子は小学5年生、下の子は小学1年生でした。
上の子は当時、英語に力を入れている学校に通っていたこともあり、英語でそれなりにコミュニケーションを取れ、ある程度読み書きができる状態でした。
問題は下の子でした。彼は上の子と違い、普通コースの学校に通っていました。彼の性格や得意不得意から、その時点で英語を嫌いにさせたくなくて、上の子のように英語を小学1年生からやらせていませんでした。
それがまさか、急な駐在決定で日本人学校どころかインターナショナルスクールも無い場所に行くことになるとは。
下の子に早期英語教育をしないという選択が、今後の生活の大きな不安要素になってしまいました。
「下の子の英語をどうにかしてあげないと」
そう思っていたのですが、主人の異動の内示から我々家族が帯同するまで3ヶ月しか時間がありませんでした。引っ越し、不用品の処分、持ち家を賃貸に出すための不動産管理会社との手続きや打ち合せ、税金関係の手続き、自身の仕事の引き継ぎ等に追われ、下の子の英語はどんどん後回しに・・・。
結局、彼はABCの歌が歌えて、10個くらいアルファベットが書ける英語レベルで北米地方都市へ行くことになりました。(人はそれを英語0という)
現地校生活スタート
我々家族は9月の初めに引っ越し、編入のためすぐに現地校へ連絡を取りました。
10月から通学できたら良いなくらいにのんびり構えていたのですが、学校から「来週から通学開始してください」と言われたので、急遽学校用品を買いに行って入学準備をしました。日本と学年の年齢の区切り方が異なるため、日本で小5だった上の子は小6に、小1だった下の子は小2のクラスにそれぞれ編入することになりました。下の子が小2クラスでついていけるか心配だったので、学校側に下の子の学年を1つ落とすことができないか交渉したのですが、あっさり断られてしまいました。
日本人家庭はそこの学校では私達だけだということもあり、子ども達が馴染めるか本当に心配しました。
初めて現地校に通学した日の朝の子ども達の顔は、今でも鮮明に覚えています。「行きたくない」と顔に思い切り描いてありました。
上の子は緊張気味だったものの、すぐに先生が明るそうなクラスメイトをお世話役として紹介してくれて、すぐにその子と打ち解けて話しながら教室へ入っていきました。下の子は担任の先生が「あら、すごく緊張してるわね。」と、苦笑いするくらい緊張で顔がこわばっていました。死地へ向かう戦士のような顔で彼は先生に教室へ手を引かれて行きました。
お迎えの時、私はすぐに「学校どうだった?」と子ども達に聞きました。
上の子は英語力に加え、元々物怖じしない性格もあり、すぐにクラスで友達ができたようでした。
下の子も「楽しかったよ」と言っていましたが、よくよく話を聞いてみると、先生やクラスメイトが何を言っているのか分からず、休み時間も一人ジャングルジムの上で空を見上げていたとのことでした。
日本では、シャイだけどスポーツが得意な人気者で、いつもたくさんの友達に囲まれていた下の子。
その彼が独りぼっちで空を見上げて時間を潰していたという事実に胸が張り裂けそうでした。
現地校のでの語学サポート
現地校はどこでもESL/EALという、英語が母国語ではない生徒を対象とした英語サポートクラスがあるものだと思っていました。しかし、残念ながら私たちがいる州のほとんどの公立小学校ではESL/EALがありませんでした。現地で知り合ったエクアドル人のマダムによると、彼女の子ども達が学生だった頃はあったそうでしたが、予算の関係なのか今は無くなってしまったとのことでした。
低学年のクラスにはELA(English Language Arts日本でいう国語)の授業の際、TAが入って英語ができない生徒に英文を読み上げてサポートしてくれたり、難しい単語が出てくると先生がGoogle翻訳で翻訳したものを見せてくれたりとサポートが少しあるようでした。しかし、英語ほぼ0の下の子にとって英文の読み上げサポートは念仏を聞かされているようなものだったし、Google翻訳も和訳が難しい言葉や漢字だと理解ができないので、残念ながら彼にとってそれらのサポートはあまり意味がありませんでした。ちなみに、先生にGoogle翻訳の日本語訳が漢字表記や難しい言葉である場合、まだ子どもが読めないし理解できないということを伝えたら、すごく驚いていました。
上の子のように高学年になると、英語がまだ不自由な学生には学校がiPadを貸与して、翻訳機能を使って授業を受けるようにさせるといったサポートがありました。
先生方の話や子ども達の様子から、我々は学校のサポートに期待することを辞め、結局自分たちで子ども特に下の子の英語サポートをすることにしました。当時家庭でどんなサポートをしたのか、今もどんなサポートをしているのかは長くなりそうなので、また別で書きたいと思います。
現地校入学3ヶ月後
上の子はクラスメイトとも打ち解け、先生がこんなに順調な外国人生徒は初めてだと言うくらい、順風満帆な学校生活を送っていました。当時の上の子の英語レベルは、担任の先生曰く、現地の6年生相当ではないものの、4年生相当以上のレベルで、現地校の授業を受けるのには全く支障無い英語力とのことでした。
下の子は先生の指示が少しだけ分かるようになってきたものの、まだまだ先生やクラスメイトとコミュニケーションを取ることは難しいようでした。先生が席替えでお世話好きなしっかり者の女子を隣にしてくれた結果、その子のサポートにより学校生活が前より格段に快適になり、その子を通してクラスで友達が何人かできました。また、スポーツが得意な彼は体育の授業で何度か活躍し、それがきっかけで休み時間にサッカーや鬼ごっこに誘われることが増えたようでした。
英語力はようやくPhonicsで英語の音が分かってきて、単語の読み方の予測が少しずつ立てられるようになりました。まだ先生の板書やプリントの英語を写すだけの段階でしたが、アルファベットを書くことにも慣れてきました。
現地校入学6ヶ月後
上の子は相変わらず順調な学校生活を送っていました。コーディングや動画編集が得意だったので、グループワークでもクラスメイトから頼りにされていたようでした。英語は文法や英作文があまり得意ではないのでELA(国語)の成績は普通だったものの、他の科目では優秀な成績を残すようになりました。
下の子は簡単な英語の絵本なら内容を理解できるようになり、短い文なら一人で音読できるようになりました。先生の指示や校内放送が前より聞き取れるようになってきたとのことでした。まだ一言、二言の単語ベースでしたが、少しずつ友達と英語でやり取りをするようになりました。
その頃になると、学校へお迎えに行った際お友達と遊具で遊ぶ彼を見るようになり、ついにお誕生日会へ呼ばれるようにもなりました。独りぼっちで空を見て過ごしていた彼が、現地のお友達の誕生日会へ招待されるなんて!その時は親としてホッとしたと同時に、嬉しくて泣きそうになりました。
まとめ
今回は、渡航時と半年後の彼らの英語力と学校での様子について書きました。
学校へ面談の際やメールで英語のサポートについて尋ねても、「私達は移民の子どもの受け入れには慣れてるし、そのうち子どもが慣れれば大丈夫!」と言うだけで、学校としての語学サポートは本当にGoogle翻訳を使うくらいしかありませんでした。
正直、下の子は、いつ不登校になってもおかしくない状況だったと思います。一度も「学校に行きたくない」と言わなかった彼ですが、渡航後3ヶ月を過ぎた頃には円形脱毛症になり、英語ばかりの慣れない環境で相当なストレスを感じていたようでした。親子で最初の半年は本当に苦しい時間を過ごしました。
担任の先生が下の子を気にかけてくれたこと、優しいクラスメイトに恵まれたこともあり、奇跡的に現地で楽しい小学2年生の1年間を過ごすことができました。もちろん、彼の努力と家庭でのサポートの成果もあったと思います。
現在、海外生活は2年半くらいになります。
幸い大きなトラブルも無く、子ども達2人は今も毎日楽しそうに学校へ通っています。
彼らの現地校生活開始1年後、そして最近の英語力と学校での様子についても、また次回以降書こうと思います。
