健康食品の枠を超えて。I'm home 杵田姉妹が麹に込めた想い
愛媛県松山市の南高井町に、「ただいま」と言いたくなるお店がある。
石畳を歩いた先にみえる、クリーム色の小さな建物。木々に囲まれた休憩スペース、手書きのメニュー黒板、店頭に並ぶ発酵調味料や手作りのお弁当。I'm home(アイムホーム)は、妹の杵田美久さんと姉の真実さんが営む、小さなテイクアウト専門店だ。

麹の発酵調味料「愛まる麹」を中心に、有機・自然栽培された食材を使ったスープやカレー、チョコレート、焼き菓子を販売している。店頭以外にも、オンラインストアBASEでの販売、愛媛県内外のマルシェへの出店、料理教室の開催など、活動は多岐にわたる。
お店を開いたきっかけは、姉・真実さんの息子の難病だった。「体の内側から健康にしてあげたい」という一心で情報収集する日々。姉妹で農業に挑戦したが思うようにいかず、お店を開いてからも3年間は赤字続きで給料が出なかった。「あと1年頑張ってダメだったら辞めよう」と腹をくくったこともあった。それでも2人は続けた。
姉妹が大切にしていることは、開店当初からずっと変わっていない。「誰に、何を届けたいか」。その軸がぶれない限り、事業の形はいくらでも変わっていい。そんな姿勢が、この姉妹の仕事を面白くしている。
「ただいま」と「おかえり」が聞こえてくるような場所

I'm homeを訪れると、まず目に入るのが店のすぐそばにある湧き水の水汲み場だ。
愛媛県松山市南高井町は、「弘法大師が水を湧かせた」という言い伝えが残る地域で、昔から周辺の住民は井戸水を使って生活してきた。だから姉妹はこの場所に店を構えることにした。

「お店のすぐそばに湧き水が出る水汲み場があって。美味しいお水が使い放題で、水道代もタダなんですよ」と美久さんは言うが、理由はそれだけではない。南高井町の水から地元の米が作られ、その米からI'm homeの商品ができる。味にこだわりながら、地産地消を実現しているのだ。



店内にはI'm homeの商品だけでなく、姉妹がマルシェやイベントで出会った生産者たちの商品も並んでいる。麹調味料の隣に、自然栽培の玄米麺や天日塩。姉妹が、実際に生産者と顔を合わせて、味を確かめて、「自信を持ってお客さんに食べてもらいたい」と思った商品だけが並んでいる。
「I'm home」という店名の由来を尋ねると、真実さんは「『ただいま』みたいな感じで、お客さんが帰ってきてくれるような、あったかいお店にしたくて」と答えた。ただ物を買いに来る場所ではなく、帰ってくる場所。その思想は、姉妹の活動すべてに通じている。
味をつけるだけではなく、引き出す万能商品「愛まる麹」

I'm homeの代表商品は、オリジナルの麹発酵調味料である「愛まる麹」。ラインナップは5種類あり、天日塩麹、醤油麹、玉ねぎ麹、にんにく麹、そして人気ナンバーワンのミックス麹だ。
既存の調味料の代替として使うことができ、例えば、塩麹は塩の代わりに、玉ねぎ麹はコンソメの代わりに、にんにく麹は中華調味料の代わりになる。
愛まる麹という名前には、愛媛の「愛」と姉妹の「愛」、そしてこれ一本で味が「まるごと」決まるという意味が込められている。マルシェに出展すれば用意した190個が完売する、大人気商品だ。

人気の秘訣は万能さだ。野菜・肉・魚に使えて、炒め物にも、スープにも、和え物にも合う。麹について、美久さんはこう語る。

「素材本来の美味しさを活かしてくれるんです。味を『つける』『足す』わけではなく、食材から旨味を引き出す力があります。過去に塩麹ブームがあったとき、『お肉やお魚に塗って柔らかくする』イメージが定着しました。でも私たちは、あくまでも普通の調味料として毎日使ってほしいと思っています」
使い続けるうちに、愛まる麹だけで料理が完成するようになる。そして台所から調味料が減って、調理工程が少なくなる。料理する側の手間が省けて楽になっていくのもポイントだ。

そんな愛まる麹のこだわりは、材料にも及ぶ。使っている米は南高井町の無農薬こしひかり。仕込み水は店のそばの湧き水。そして塩は、高知県黒潮町にある「ソルトビー」さんが作る天日塩「海一粒」だ。味はもちろんだが、生産現場を実際に見に行き、働く人たちの姿を見て、採用を決めたとのこと。

愛まる麹を使い始めたお客さんの、健康が変化した声も多く届く。便秘が解消した、子どもが野菜嫌いを克服した、花粉症が改善した。個人差はあれど、お客さんが健康で前向きになる姿は、姉妹の原動力だ。
きっかけは息子の病気。偶然が重なり、姉妹の想いが一致した

I'm homeが生まれたのは、真実さんの息子が2歳のときに難病を患ったことがきっかけだった。
「もともと私は料理が全然できなくて。母親が料理上手な人で、作ってもらうのが当たり前だったんです。でも息子の病気をきっかけに、『母親として息子にできるのは、料理を作ることだ』と思いました」

息子に体の内側から健康になってほしい。その一心で真実さんは台所に立つようになり、使っている調味料や食材を見直し始めた。多くの情報に触れるなかで出会ったのが、麹だった。偶然、真実さんの友人が発酵料理教室を開いており、そこで初めて麹の使い方を学んだ。
「子供が病気になってとても苦しかったです。でも麹に出会い、ご飯も美味しくなって、調味料が減って、料理が楽になりました。そして息子の病気も治っていったんです。人生が変わる衝撃でした」

一方、妹の美久さんは26歳のとき、看護師として東京で働いていた。忙しい日々で、ある違和感を覚えるようになったという。
「何回も入退院を繰り返す患者さんをたくさん見てきました。それに加えて、看護師の業務が忙しく、自分自身の身体や心のケアもできなくなり……。『患者さんも自分も、こんなんで大丈夫なのかな』と。日本の将来に不安を覚えて、海外での生活を考え始めました」
そして美久さんは仕事をやめ、ワーキングホリデーでカナダへ渡った。そこで目にしたのは、オーガニックが特別なことではない暮らしだった。


「日本では、オーガニックっておしゃれ・お高いイメージがありますよね。以前は全く興味なかったんですが、カナダでの生活を通じて関心を向けるようになりました」
本気でカナダ移住を考えて3年滞在したが、コロナ禍のパンデミックで帰国せざるを得なくなった。そして約10年ぶりに実家に戻り、真実さんと再会を果たしたのだ。

年齢が5つ離れていることもあり、幼い頃はあまり一緒にいなかった。しかしコロナ禍で家にいる時間が増え、数年ぶりに姉妹でゆっくり話をした。真実さんの麹との出会い、美久さんの健康への想い。タイミングよく、「食」の考えが重なったのだ。
「自分たちで食べるものぐらい、自分たちで作りたいよね。じゃあ畑をやってみよう」という話になり、トントン拍子で話が進んだ。
農業の挫折と、3年の赤字続き

農業を始めた姉妹だったが、そう簡単なものではなかった。「種をまいたら出てくると思ってました」と話す真実さんだが、実際は困難続き。草が生えて処理が追いつかず、作物は虫に食べられ、やっと完成した野菜は小さすぎて売り物にならない。
それでも姉妹は農業の学校に通い、自然栽培を実践する地域のリーダーから学んだ。

頑張って取り組むも、やはり一筋縄ではいかず、結果的に農業は諦めた。しかしその1年は無駄にはならなかった。長年農業に取り組む生産者たちと出会えたからだ。当時の様子を美久さんはこう語る。
「自分たちで生産・加工・販売までを一貫してやりたいと思ってたんですが、難しかったです。生産者さんたちと出会い、『作ることはプロに任せよう』と思いましたね」

作る専門は、作ることのプロたちに。自分たちは加工して売ることに専念する。その決断が今のI'm homeの形をつくった。そして2022年3月、姉妹でテイクアウト専門店をスタートさせた。

しかし店を始めて最初の3年間、姉妹には給料が出なかった。お互い副業をしながら店を続け、「『やりたいことをやれている』という欲の部分は満たされていた」と真実さんは振り返る。それでも現実的にお金がなければ続けられない。
3年間考え続けた結果、真実さんが先に副業をやめて店に専念し、翌年美久さんが看護師の副業を辞めた。その時の決意を、美久さんはこう語る。
「お互い副業しながらだと、I'm homeに全力投球できていない感じがしました。なので、ここで腹をくくりました。1年間やってみて、それでもダメだったらまた考えようと」
姉妹で覚悟を決めた瞬間だった。
お客さんと仲間が繋いだ縁が、売上を倍にした

再スタートしたI'm homeが、まず取り組んだのは営業日とメニュー数の拡大だった。お弁当やお惣菜などのメニューをどんどん増やしていった。

そして、今まで以上にお客さんとコミュニケーションを取ることにした。常連客に対して「どんな商品があったらうれしいか」とヒアリングし、姉妹のこだわりとお客さんの欲しいものを掛け合わせた店づくりを加速させていった。

また、人との出会いによって、I'm homeのブランドが強化された。以前から親交のあった道後ピクルスの河野さんが、マッチング事業「だんだん複業団」を紹介してくれて、経営アドバイザーである木全崇仁さんと出会った。3人で一緒にブランドを根本から整え直し、広報にも力を入れることで、新聞やテレビなどのメディアの取材が入るようになったのだ。

愛まる麹という名前もここで生まれた。当時は商品のラベルもなくシンプルな瓶だったが、名前とパッケージを一新した。「愛まる麹」というキャッチーな名前は着実にファンを増やしていき、今では「ずっと販売を待ってました」という声も多い。


取り組みの結果、売上は倍以上。念願の黒字を達成した。
「商品を売って終わりじゃない。大切にしているのは、『お客さんの生活がどう変わるか』です」と美久さんは語る。だから姉妹は、お客さんや周囲の人たちとたくさんコミュニケーションを取り、ニーズを捉え、商品やサービスを生み出す。
真実さんは笑顔でこう語る。
「もともと話すのが大好きで、困っている人がいたら役に立ちたいと思うんです。私たちにできることを考え、すぐに実行しちゃいますね」

妹・美久さん(左)と姉・真実さん(右)
その信念から、SNSでは商品情報だけでなく、麹を使ったレシピも発信している。リアルとオンラインでの発信が実を結び、ヨガスタジオとのコラボ企画、カルチャースクールでの料理教室の講師などの依頼も絶えない。



姉妹だからこそできる。麹屋にこだわらないI'm homeが目指す場所とは

「仲良し姉妹」と周囲から言われる2人の性格は、実は真逆。真実さんは「大丈夫やろ~」タイプの楽観主義者。美久さんはハキハキした真面目な性格。「自分に持ってないものを補いあっている。一人じゃ絶対にここまで続けてこれなかった」と真実さんは語る。
毎日喧嘩もする。でもそれが、一緒に事業を運営できる理由の一つかもしれない。姉妹だから言えることがあり、家族だから許せることがある。
姉妹が行動力を持てるのは、『母の影響が大きい』と真実さんは言う。「やらずに後悔するより、やって後悔しろ。幼少期からそう教わってきました」。やりたいことはやらせてくれる、そういう家庭で育った。

そんな姉妹が次に目指すのは、コミュニティの構想だ。真実さんは将来についてこう話す。
「息子の病気が発覚したとき、多くの人に助けてもらいました。同じように困っている人が集える場所、気軽に何でも話せるコミュニティができたらいいなとずっと思ってて」
それはオンラインでもリアルでも構わない。大切なのは、同じ悩みを持つ人同士がアドバイスを交わし、情報を共有し合い、「こうしたら家族が喜んでくれた」「あのレシピを試したら身体の調子が良い」などと話し合える場所があること。I'm homeがその場をつくりたい。

さらに、BtoBへの展開も視野に入れている。淡路島にある、無添加調味料でつくるラーメン屋「山本麺吉」さんとの取引はすでに始まっている。これから展示会での出展にも注力していく予定だ。
「より多くの人に『この麹を使うと、すごく楽で美味しくて、体にもいいよ』っていうのが伝わったらいいなと思います。難しくないよと言いたいんです」と美久さんはワクワクした表情で話す。

麹に出会い人生が変わった姉妹は、もはや麹屋という枠に収まらない。食を超えた場づくり、コミュニティ、人と人のつながり。それが描く未来だ。
I’m home(アイムホーム)
住所:松山市南高井1321-2
営業日:木曜、金曜、土曜、日曜(祝日含む)
営業時間:11時~15時
Instagram:
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