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愚痴を言うことは、悪いことではない

「もう疲れた」を、心の中にしまわないために


はじめに

私はこれまで、愚痴を言うことは、あまり
よくないことだと思っていました。

聞く人を困らせてしまうかもしれない。

不満ばかり言う人だと思われるかもしれない。

だから、嫌なことがあっても、

「仕方がない」

「これくらい我慢しよう」

そう言って、自分の中にしまってきました。

けれど、飲み込んだ言葉は、消えてなくなるわけではありません。

気づかないうちに心の中へ積み重なり、
ある日、ため息や涙、眠れない夜になって
現れることがあります。

愚痴は、誰かを悪く言うためだけの
言葉ではありません。

心が抱えきれなくなったものを、少し外へ
出そうとしている言葉でもあります。

「もう疲れた」

「本当は嫌だった」

「少しくらい、私のことも考えてほしかった」

そんな気持ちを口にすることまで、我慢しなくていいのではないでしょうか。

今回は、つい「愚痴を言ってはいけない」と自分を抑えてしまう人へ、愚痴が持つ大切な役割について書いてみたいと思います。


「愚痴を言っても、何も変わらない」

そう思って、言葉を飲み込んでしまうことはありませんか。

つらかったこと。

納得できなかったこと。

本当は傷ついていたこと。

それでも、誰かを困らせたくなくて、

「これくらいで愚痴を言ってはいけない」

「もっと大変な人もいる」

そうやって、自分の気持ちにふたをする。

けれど、愚痴を言うことは、本当に悪いことなのでしょうか。

愚痴は、心にたまったものを外へ出すこと

愚痴を言ったからといって、目の前の問題がすぐに解決するわけではありません。

苦手な人が変わるわけでも、忙しい毎日が
急に楽になるわけでもない。

それでも、言葉にして誰かに聞いてもらうと、少しだけ呼吸がしやすくなることがあります。

「それは嫌だったね」

「よく我慢したね」

そう受け止めてもらっただけで、張りつめていた心がゆるむこともあります。

愚痴は、心にたまった苦しさを外へ逃がすための、小さな出口なのかもしれません。

出口のないまま我慢を重ねていると、
心の中に少しずつたまっていきます。

そして、ある日、ほんの小さなことをきっかけに涙が止まらなくなったり、誰にも会いたくなくなったりする。

だから、あふれてしまう前に外へ出して
いいのです。

「嫌だった」と言ってもいい

優しい人ほど、愚痴を言う前に相手の事情を考えます。

「あの人も余裕がなかったのかもしれない」

「私にも悪いところがあったのかもしれない」

そうやって相手を理解しようとすることは、その人の優しさです。

でも、相手に事情があったことと、あなたが傷ついたことは、別の話です。

相手を悪者にしなくても、

「私は、あの言い方が嫌だった」

「本当は、悲しかった」

そう言っていい。

愚痴の奥には、まだ言葉になっていない
本音が隠れていることがあります。

「もう少し大切に扱ってほしかった」

「私ばかりに任せないでほしかった」

「本当は、誰かに気づいてほしかった」

愚痴をこぼすことは、自分の本音に気づく
入り口にもなるのです。

解決してほしいわけではない夜もある

誰かに話したとき、すぐに助言をもらうと、かえって苦しくなることがあります。

「こうすればいいよ」

「気にしすぎじゃない?」

正しい答えを求めているのではなく、ただ「そうだったんだね」と聞いてほしい夜も
あるからです。

そんなときは、話す前に伝えてもいいと
思います。

「今日は答えがほしいわけじゃなくて、
少しだけ聞いてほしい」

これは、わがままではありません。

自分が今、何を必要としているのかを
相手に伝える、大切な言葉です。

そして、誰かの愚痴を聞く側になったときも、無理に答えを出さなくていい。

「それはしんどかったね」

そのひと言だけで、救われる心があります。

愚痴を言ったあとに、自分を責めなくて
いい

愚痴をこぼしたあと、

「あんなことを言わなければよかった」

「嫌な人だと思われたかもしれない」

そんなひとり反省会が始まる人もいる
でしょう。

けれど、愚痴を言ったあなたは、性格が
悪いのではありません。

それだけ疲れていたのかもしれない。

ずっと我慢していたのかもしれない。

心が「もう一人では抱えきれない」と知らせていたのかもしれません。

言葉にできた自分へ、まずは「よく話せたね」と言ってあげてください。

ただ、同じ愚痴を何度話しても苦しさが
薄れないときは、その愚痴を責めるのでは
なく、奥にある願いに目を向けてみる。

本当は、どうしてほしかったのか。

何を我慢しているのか。

これから何を減らせたら、少し楽になれる
のか。

愚痴は、答えそのものではありません。

でも、自分の心を知るための手がかりには
なります。

愚痴をこぼせる場所は、心の避難所

いつも前向きでいなくていい。

きれいな言葉だけを選ばなくてもいい。

「もう嫌だ」

「疲れた」

「どうして私ばかり」

そんな言葉が出る日もあります。

それは、頑張っていない人の言葉では
ありません。

頑張り続けてきた人の心から、ようやく
こぼれた言葉です。

安心して愚痴をこぼせる人や場所がひとつ

あるだけで、心は少し守られます。

もし誰にも話せない日は、ノートに書くだけでもかまいません。

誰にも見せない言葉なら、整っていなくても、優しくなくても大丈夫。

まずは、自分だけでも自分の本音を聞いて
あげる。

「そんなふうに思っていたんだね」

「ずっと苦しかったね」

そうやって、自分の中にある言葉を否定せずに受け止める。

愚痴を言うことは、悪いことではありません。

それは、ときに、壊れてしまう前に心が
開けた小さな逃げ道です。

今日くらい、少しこぼしてもいい。

きれいに話せなくてもいい。

ここでは、大丈夫なふりをしなくていいの
です。

言えなかった気持ちを、ここにそっと置いていってください。🌙



最後に


最後まで読んでいただき、ありがとう
ございます。

もし今、心の中にしまっている言葉が
あるなら、少しずつでも外へ出してあげて
ください。

「疲れた」も、
「つらかった」も、
「本当は嫌だった」も、

あなたの心から生まれた、大切な言葉です。

無理に前向きにならなくても大丈夫。

この場所に、言えなかった気持ちをそっと
置いて、少しだけ心を軽くしてもらえたら
うれしいです。

今日も、ここに来てくださってありがとうございました。🌙

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