現在の自分の位置
こんにちは!
お盆休みということで、少し時間に余裕ができました。
そんな中、最近の自分の生活を振り返っていて、ふと思ったことがあります。
「結局、無職の頃と同じような生活になってきたんじゃないか?」
ということです。
もちろん、今は仕事をしています。
無職の頃とは違って、毎日職場に行き、仕事をする。
その対価として、お給料をもらう。
そこは大きな違いです。
でも、それ以外の部分を考えてみると、意外と似ているのかもしれません。
毎日同じことの繰り返し
無職の頃も、特に予定がない日は、自分なりのルーティーンがありました。
朝起きて、決まったことをして、少し出かけたり、家で過ごしたり。
そんなことをしているうちに、一日が終わる。
そして、また次の日がやってくる。
今も、ある意味では同じです。
朝起きて、仕事に行く。
仕事が終われば家に帰る。
そして、また次の日に仕事へ行く。
毎日同じことを繰り返して、時間だけが過ぎていく。
違うのは、今は仕事をしているので、その時間に対してお金をもらっているということ。
でも、それだけなのかもしれません。
そう考えると、最近どうも人生に張り合いがないように感じます。
仕事を始めたばかりの頃は、見るもの、やること、覚えること。
何もかもが新鮮でした。
「こんなことをするんだ」
「こんな知識が必要なんだ」
と、毎日が刺激的でした。
でも、3ヶ月、4ヶ月と時間が経ってくると、少しずつ仕事にも慣れてきて、仕事中は思考が単純化しているように思います。
慣れること自体は悪いことではありません。
むしろ、仕事を覚えるという意味では必要なことです。
ただ、刺激が少なくなってきたことは、明らかに感じています。
この先、自分はどうなりたいのか
そして、もう一つ気になっていることがあります。
それは、
「この仕事を続けた先に、自分はどうなりたいのか?」
ということです。
正直、今のところ明確な答えがありません。
この仕事を続けていった先の将来像が、まだはっきりと見えていません。
だからといって、
「じゃあ別の仕事をすればいい」
と言われても、別の仕事をしている自分の未来も、今のところは見えていません。
これは、警察官時代にも少し似ているような気がします。
目の前の仕事を一生懸命やる。
毎日を過ごす。
給料をもらう。
そして、また次の日がやってくる。
そんな生活を続けているうちに、いつの間にか「惰性」で仕事を続けてしまう。
もしかすると、今の自分も、早くも同じ状態になりかけているのではないか。
何か自分の成長を感じるものを見つけないと
そんな疑問を持ちながら、今日も家と職場を往復しています。
何か新しい刺激を見つけたい
だからこそ、今の自分には何か新しい刺激が必要なんだと思います。
できれば、仕事そのものの中で新しい刺激を見つけられるのが一番理想です。
新しい仕事を覚える。
新しい資格に挑戦する。
新しい役割を任される。
そうやって、仕事を通して自分自身も成長していく。
それができれば一番いいのかもしれません。
でも、最近の自分の生活を振り返ってみると、また同じコミュニティの中だけで生活しているようにも感じます。
仕事に行って、家に帰る。
いつもの場所に行って、いつもの人と会う。
安心感はあります。
でも、その安心感に少しずつ依存している自分もいるのかもしれません。
これが、人間の持つ「ホメオスタシス」というものなのでしょうか。
人間は、変化よりも現状維持を好む。
一度居心地のいい場所を見つけると、そこから動かなくなる。
もしかすると、今の自分もまさにそうなのかもしれません。
現状維持は、本当に悪いことなのか?
では、現状維持は悪いことなのでしょうか。
これについては、正直よく分かりません。
今の生活に満足しているのであれば、それで十分幸せなのかもしれません。
毎日仕事があって、生活ができて、帰る家があって、健康に過ごせる。
それだけでも十分ありがたいことです。
でも、今の自分は、
「このままでいいのかな?」
という不安を感じています。
そう考えると、少なくとも今の生活に100%満足しているわけではないのでしょう。
一番の悩みは「未来が見えないこと」
今の自分の一番の悩みは、
「自分の未来が見えないこと」
です。
でも、よく考えてみれば、今までの人生で「未来がはっきり見えていた時期」なんて、あったのでしょうか。
警察官になる前も。
警察官を辞める時も。
オーストラリアへ行く時も。
日本に帰国した時も。
そして、今の仕事を始めた時も。
その先に何があるのかなんて、ほとんど分かっていませんでした。
それでも、その時その時で決断してきました。
それなのに、今になってまた「未来が見えない」と不安になっている。
人生って、本当にこの繰り返しなのかもしれません。
壁を乗り越えても、また次の壁が出てくる
人生では、何か不安なことや壁にぶつかることがあります。
そして、それを何とか乗り越える。
「やっと終わった」と思ったら、また次の壁が現れる。
そんなことの繰り返しです。
そんな時、人に相談したくなることもあります。
自分にはない考え方を聞くことで、何か答えが見つかるかもしれない。
実際、いろんな人の意見を聞くことは、とても大切だと思います。
でも、最終的には、自分で決めるしかありません。
人によって価値観も違います。
同じ環境にいたとしても、その人にとっての「壁の高さ」と、自分にとっての「壁の高さ」は違います。
だから、誰かにとっての正解が、自分にとっての正解になるとは限りません。
結局、人の意見を聞いて、いろんな知識を得たとしても、
最後に自分が納得できる答えを選ぶしかない。
そう思います。
答えがないからこそ、難しい
今の自分の現状を変えられるのは、自分しかいません。
もちろん、それは分かっています。
でも、答えがないから難しい。
「こっちに行けば絶対に正解」という道があれば、誰だって進めます。
でも、人生にはそんな道はありません。
だからこそ、自分で決めなければならない。
そして、逆に言えば、
答えがないということは、どんな選択も答えになり得る
ということなのかもしれません。
今はまだ、何をするのか分かりません。
どんな仕事をするのかも。
どこに住むのかも。
この先、どんな人生を歩むのかも。
何も決まっていません。
でも、それでいいのかもしれません。
お盆休みに、そんなことを考えている
そんなことを、ぼんやりと考えているお盆休みです。
ワーホリから帰ってきて、仕事を始めて。
少しずつ日常が戻ってきて。
気がつけば、また「いつもの毎日」に戻りつつある。
だからこそ、今の自分に少し違和感を感じているのだと思います。
この違和感を無視して、そのまま毎日を過ごすのか。
それとも、何か新しいことを始めるのか。
まだ答えは出ていません。
そもそも、これから自分の人生がどうなるのかなんて、自分にも分かりません。
ましてや、日本社会がこれからどうなっていくのかなんて、誰にも分からない。
だからこそ、焦って答えを出す必要もないのかもしれません。
ただ、自分自身が「このままでいいのかな?」と感じていることだけは、忘れないようにしたいと思います。
今日は終戦記念日
そして、今日は8月15日。
終戦記念日です。
自分の人生についてあれこれ悩めること自体、平和な時代に生きているからこそできることなのだと思います。
仕事がどうだとか。
将来がどうだとか。
お金がどうだとか。
そんなことを考えられる日常があること自体、決して当たり前ではありません。
世界では今も争いが続いています。
自分たちが当たり前のように過ごしている日常も、決して当たり前ではない。
今日は、そんなことも少し考える日です。
世界から戦争がなくなり、誰もが自分の人生について自由に悩み、自由に挑戦できる日が来ることを願っています。
今回は、いつもとは少しテイストを変えて、自分の今の気持ちをそのまま文章にしてみました。
答えの出ていない、ただの独り言のような記事になってしまいましたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。
皆さんも、残りのお盆休みをゆっくりお過ごしください。
