プログラミング学習って
プログラミングというと、ゲームだったり、アプリだったり、Webだったり、AIロボットだったりを作ることを想像していませんか?それも正解なので、ITや工学関係のお仕事で働く人のものだと思ってしまう人が大半だと思います。 でも実は、自分のメモから必要な部分を検索して表示したり、単語帳からランダムに表示させて、繰り返し学習の手助けにしたり、作業手順をプログラミングで(半)自動化したり、というように、コンピュータ専門、理系に限らず、文系の人でも、すべての分野の人は、自分のために役に立つプログラミングをつくって、使うことができるのです。
すべての人がそれほど深くなくても、プログラミングの原理や原則、基本を身につけて、日頃から使うことができるとても身近な存在なのです。
そうなってくると、IT専門の人だけが知っているブラックボックスではなくなって、会社で使うシステムやアプリを作ってもらう際に必要な条件や定義をいまよりもっと正確に細かく伝えることができます。さらには、そうやって作られたアプリを自分の手でカスタマイズしたり、メンテナンスしたりすることも可能になります。
IT人材が不足することが問題になっていますが、プログラミングを理解し、日常使いでスケルトンライナーを自分でつくって使う人が、増えることによって、職業としてのIT人材を補うことができ、この問題は解消できると思います。
プログラミング学習って、学校でやらされるものではないんです。
自分を将来に渡って、助けてくれる技術として自分ですすんで学ぶものなのだと思いいます。また、プログラミングは、あたまを使って考え、コマンドやプログラミング言語を両手の10本の指を駆使してキーボードを叩く作業なので、副次的にですが、あたまの体操にもなるものです。いってみれば、そろばんとピアノを同時にやっている効果があるのかもしれません。さらには、作ったプログラムによる作業効率の向上は、他のやりたいこと、やらなければならないことをするための時間を稼ぎ出してくれる効用ももっています。
さあ、すすんでプログラミング技能を学びましょう。受験のための学んで終わる学習塾というよりも、常に次を目指して練習する場としての道場を想像してください。わたしが使っている場面を紹介しながら、コマンドや小さなプログラムの説明も可能です。効率的な学習の方法は、コピーして貼り付ける方法ではありません。面倒ですが参考にするコマンドやプログラムを、1文字1文字自分で入力する方が近道です。なんども打っていれば自然に記憶に定着します。
プログラミングを学習するときの大切なこと。
プログラム文をコピーして貼り付けて実行、だと入力間違いなどのエラーに出会うことができません。エラーに出会い、エラーに向き合い、エラーを理解し、エラーを解消する。この繰り返しはやっかいですが、この練習こそ、将来出会う問題解決の時間短縮に役に立ってくれるものなのです。そして知らず知らずに身につく能力が、「予見力」です。因果関係、原理原則、基本的なフローは、プログラムや日常使いのスケルトンライナーを作るうちに身につきますが、その結果、こうしたら、こうなる、がリスクを含めて思いつくようになるのです。
小学校からはじまったプログラミング教育では、その達成目的をプログラミング的思考の育成となっています。プログラム言語の知識や技能習得ではありませんが、倫理的思考や目的を達成するため順序立てて考え実行する力の基礎を学ぶことで、実生活や働く職場で刻々と発生する問題にもプログラム的思考で向き合い、そして解決することが期待できます。ただし、なにもプログラミング教育という新しい科目を置くことはなく、これまで通り国語、算数などの基礎科目でも目的は達成できるので、デジタル化社会で必要なキーボード操作やマウス操作を教えることの意味の方が強いのかもしれません。こう考えると、プログラム言語を学び、プログラミングをしながら「予見力」を育成する場所がないことに気づきます。学校とは別にプログラミング道場(ベタな名前つけですが)のような場所が多くなることを切に思います。
