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ムダとはなにか。

人生にムダなことはない、とも言われているが、ムダはたしかに存在する。

業務遂行や目的達成までの道のりでは、会議時間、入力する時間、編集する時間、探す時間、整理する時間のようにやり方次第で大きな差が出る。その時間差を他に必要なことをする時間に使えない時間と考えれば「ムダ」がある、と言えるだろう。そこで、「ムダ」を目的達成に必要で決められた合理的かつ効率的な動作とそれらの順序の流れを阻害するもの、と定義してみよう。

目的遂行中(作業中)の動作を阻害するものは、主に2つある。することをうろ覚え、忘れているため探す、という動作(手順や知識など必要なことのメモ(記録)がないため再現できずに余分な時間がかかる)。することを改善しようとして考えたり、調べたり、試したり、なぜか他のことをしてしまう、という動作(改善と作業は同じ時間軸にしないこと)。いずれも、ある作業(すること)中に、本来すること以外のために費やしてしまう時間だ。

探す時間も他のことをしてしまう時間に含まれるのだが、すること(作業)の完了を基準にすると別物になる。他のことをしてしまうのは、することに対して明らかに邪魔な存在なので、これはすることに集中する以外に手立てはない。一方で、することを完了させるために必要なことを探す時間(ムダ)は、短くすることが可能だ。

どこに答えが書いてあるかを探すことになるので、それが紙のノートだったり、作業標準書だったり、それらがデジタル化されたファイルだったりと、その場所が散在しているかもしれず、まずは、どこにあるのかというターゲットを見つけることが、割に手間と時間がかかる。

次に見つけたものから、必要な答えが書いてある場所を探す。もし答えが書かれているのが紙だったら、目次や索引があればそれらから、絞り込み、なければ最初から、あるいは、めぼしいところから目で追うことになる。それがデジタルなら、検索や抽出機能があるので、目で追うよりは遥かに正確で時間もいらない。

ムダとはなにかを、ムダな時間とはなにか、と再質問したい。そして、そのムダな時間を短くするためにできることはなにか、を考えてみよう。

話が少し横にそれるが、現在の状態を考える。現在は、OS、アプリ、デバイス、ハードなどは、需要よりも供給ありきに陥っている。供給過多に陥っている成長拡大路線の経済の社会の影響をまともに受けている。常に費用支出を伴う更新を強制されるため、使う側が不利益を被っている状態だ。その不利益を解消するには、それらを供給する側の都合に左右されずに永続安定した記録ができる、記録を使える状態が必要だ。

使う側が必要なときに必要なものを必要なだけ購入する、だけでいいのだ。それが本来の資本主義であり、シン資本主義だろう。需要があるから供給するということだ。現在は、供給から始まる社会になっている。本末転倒なのだ。企業存続と言いながら、経営管理者や投資者の懐を肥やすために利益を拡大することを追求している。たとえば、A社やM社が上げられる。OS、アプリも売り切りでは利益を継続して獲得することが不可能になり、あわてて、サブスクリプションに移行させたり、機能制限版を無料とすることで有料版アプリへ誘い込んだりしている。

しかも普通に使う分には必要のない研究開発中の機能を追加し、それを動かすためにデバイス、ハードの内部仕様条件を高く設定していまう。その上、通常使用では不必要でも、供給する側の利益とデータ収集のためだけに高額なものに買い換えるよう市場をコントロールする。これを無抵抗のうちに供給側から強制、強要されているのが使う側だ。使う側は、その度に使う側にとっては必要のない費用支出を余儀なくされているのだ。

これって、正常な状態ではないでしょ。

この状態を異常とし、正常な状態にしようとすると、需要に合わせた供給となるので、なにかを供給する企業は、自社資金、自社人材での研究開発、そして生産販売はできなくなることが容易に想像できる。

それでも社会の誰もがゆたかになるよう、需要と供給のバランスがとれるようになることは、できないのだろうか。

いつまでも経済が成長拡大するだけの社会では、資金など、いくらあっても不足してしまうのだ。最近では、政府が無理やり賃上げさせられるため、物価のほうが先にはるかに上がってしまった。たとえ給与明細に書かれている給与金額が多くなったとしても、社会保険料も多くなり、手取りは言うほど多くなっていない。実生活では、物価高に追いつけずに、ただただ、政府が賃上げを叫べば叫ぶほど、生活は苦しくなる一方なのだ。しかも、賃上げできるのはごくごく1部の大企業だけ。今の政治では、こんな社会から脱却することは、永遠にできないのだろう。

現社会から脱却したシン資本主義、つまり、必要なものを必要なときに必要なだけ手に入れることができる経済社会、で企業は存続できないのだろうか。わたしはできると答える。必要なものの研究開発から販売までの資金は、必要だと思う人から広く浅く資金(資本金ではなく、クラウドファンディングなどから)を募り、必要なら人材も募り、生産供給すれば、需要と供給のバランスが継続的に正常になると考える。生産も供給も終わればその組織は解散する。これを繰り返えせばいい。なにも1つの企業が生産し続け儲ける必要などないわけだ。

一方で、使う側にはデジタルを自分のために役立つ道具として使うための技術、知識が必要になる。使う側の意識改革や自分の道具として使うためのデジタルに関する知識、技術の習得がなされれば、現在言われているIT人材不足も解消される。誰もがシェルコマンドやPythonのようなプログラム言語を使えるのであれば、IT人材不足という言葉も定義ももはや意味をなすことはない。

現状、デジタル化といえば、他人が販売して利益を獲得するために作ったデジタルなものを使うしかない。使う側の都合は考慮されないため、上述の供給過多優先状態だが、できれば今所有しているハードとアプリ(ソフト)を長期に渡り継続して使いたい。しかも実際に現在の能力であれば使い続けることが可能なのだ。企業都合により買い換える必要など全くないのだ。いつまでも他人の作ったものを待つのでは、いつまでも費用がかかってしまう。しかも、いつ使えなくなるのかわからない不安のあるアプリの使い方をそのたびに覚える必要もない。そんな押し付けアプリの使えないところを我慢してまで、使わなければならないこともない。つまり使わなければ、希望しない費用支出に悩むこともないのだ。それが、使う側の切なる希望だ。

さて、話を戻そう。

ムダな時間を短縮するための方法をひとつ提案しよう。それは、自分に役立つメモシステムを構築することだ。

探す時間のムダの削減するのだ。これまでも、役に立つ情報、日々の出来事など様々なことをなにかに記録していたとしても、探すというムダな時間が存在するのはなぜだろう。それは、PCのアプリの中だったり、紙のノートだったり、スマートフォンのアプリの中だったり、記録する媒体の継続も短く、場所もバラバラだからだ。

それからなぜか、自分に合うようなアプリやノートがないかと探し続けるため、その使い方も試行錯誤を続けてしまう。あたらしいアプリに替える度に過去の無形資産としてのメモ(記録)もそこに移すことになるので、さらにムダな時間が増加する。紙に書くのは言うまでもなく検索性は低く、他の媒体に移動するには、再度書く、あるいは入力することとなり、別のアプリに替える場合でも、データ形式が異なれば再入力、あるいはコピペが必要になる。これでは、同じことを何回も行わなければならない。わたしの経験を話せば、Gのメモだったり、Cのメモだったり、Eのメモだったり、Oのメモだったり、とキリがなかった。経験上でもムダな時間が、永続的に減ることはなかった。むしろ増えるのが現実なのだ。

ムダの時間を減らし、メモ(記録)がただの書いてある過去の出来事、事象、感情、予定、発想、提案という単体だけに終わらせずに無形資産として、自分のために役立つように活用するためには、その記録を自在に変形させられる必要がある。たとえば、ながし読みや情報にアクセスしやすくなるように順序(時間、名前など)や抽出(タグ、カテゴリ、重要度など)、特定文字列での検索ができることなどだ。思考の幅を広げるためにも、できれば他の関連するメモ(記録)も一緒にヒットさせたい。

これらの条件を満足させるメモシステムを自分で作ることができるのか。作るには費用がまたかさむのではないか。という不安は要らない。手元のPCとオープンソースのOS、コマンド、プログラム言語があれば可能なのだ。不安になるのであれば、今そのことを知らない、というだけだ。わたしは供給側から離脱し、そして、たどり着いた。

そこで提案。

できるだけ1つのテキストファイルに記録し、活用すること。これを、「自分に役に立つメモシステム」と名付ける。活用には、Pythonプログラム言語を駆使する。たったこれだけで探す時間のムダを減らすことができる。テキストファイルにテキストとして記録し保存してあれば、将来に渡り、特定のOSやアプリ(ソフトウェア、システム)、デバイスに縛られずに開いて読むことができる。

この自分に役に立つメモシステムの構築と使い方も単純だ。 PCのOSは、Windows、あるいはMacだと思うが、踏ん切りをつけて、Linuxにしよう。バイバイできなければ、仮想環境の中にLinuxをインストールして使おう。

Linuxであれば、メモシステムに必要なコマンド、プログラムはすぐにインストールして、使うことができる。いざ、乗り換えて使ってみるとわかる。WindowsやMacのアプリはメモシステムでは必要ない、ということに驚かされるのだ。永続的に安定して使えるメモシステムに必要なものは、Linux(OS)の他には次のものだけだ。テキストファイルの入力、編集、保存のためのテキストエディタ「Vim」、 メモシステムを活用できるようにするための中心を担うプログラム言語「Python」、 テキスト入力、プログラム実行、VimとPythonの使い勝手を保管するための「Tmux」、 これらの実行環境で黒い画面の「Terminal」、そしてその他のシェルコマンド群。 これらの用意できたら、それぞれの使い方の基本を覚えるためマニュアルを読もう。

一通り基本を覚えたら、あとは、役に立つメモシステムにするための記録のルールに従って、メモを追加して行くだけだ。記録のルールは、次のとおり3つだけだ。

1、記録ごとの区切りは、空白行、「---------------------------------」、空白行、とするつまり次のとおり。

---------------------------------

2、上の区切り行の下に「#〜〜〜vv」のように#で始めて、後から検索させやすく、記録の内容がわかりやすいように短文を続けたあと、vvで終わる。これはタグやカテゴリ、目次と考えてもいい。#〜vvとしているが、記録する文章に使われないような形式ならなんでもいい。 例えば、「#使い方vv」、「#pythonで〇〇する方法vv」、「#予定vv」などなど。

3、記録した日時を「--- 2025-01-31 10:52:44 +0900 ---」という形式で記入する。この最後の一行は、Vimの設定ファイル(.vimrc)にこれを書いておけばいい。「inoremap <expr> ;ldf strftime('--- %Y-%m-%d %H:%M:%S %z ---')」挿入モードで「;ldf」とキーを叩けば、そこに入力される。

以上、たったこれだけだ。このルールに従ってあらゆることを記録する。

記録の検索、抽出、並び替えなど、自分に役に立つメモシステムを活用するために必要なことは、「Python」にすべて用意されている。自分でプログラミングするだけでメモシステムは完了する。驚くことなかれ、その記録の活用方法は無限大なのだ。

このメモシステムの原理も単純だ。活用のフローは以下のとおりになる。

1、Vimで決められたテキストファイルにメモを記録していく。

2、メモ(記録)ファイルをPythonで読み込み変数に格納、記録が記録ごとにリスト化する。

3、探す対象を絞り込んだ結果をファイルにして、Vimで表示する。

4、読む、編集する、さらに絞り込む、日付順やタグ順に並び替える。

メモシステムを活用できるようになると、他の作業でもPythonを日常的に使う(プログラムを書く、入力する)ようになり、副次的にスタートからゴールまでの「順番」、各モジュールの「組み合わせ」の大切さを身につけることができる。今の流行りで表現すれば、プログラミング的思考を習得できる。業務遂行時の作業の効率化(時短)や、チーム(組織)のなかで人財や物(機械、工具、道具など)をどのように組み合わせれば合理的に無駄なく成果に結びつける思考力の基礎になるのだ。これは、どんな作業(仕事、業務)をするにしても不可欠なスキルになるはずだ。このほか会計、法律、外国語のスキルがあれば鬼に金棒だろう。

さらに自分に役に立つメモシステムの記録を続けて行くと、日常的にキーボード入力したり、Vimでテキスト編集をすることから、入力速度も編集速度も向上していく。これらをして来ない場合に比べて時間的コストもかからないため、時間にも余裕ができ、その余暇を楽しめる。

たとえば、1日4時間入力する人に比べ、20%入力速度が速ければ、48分時短となるため、週5日で4時間、月20日で16時間も差が出るのだ。1日8時間勤務であれば、2日間の差になる。なぜ、のろい人と同じように週5日も会社という場所に縛られなければならないのだろう。

入力だけではない。メモシステムにはさまざまな情報が記録されているため、これがない人に比べ、新たに記録する時間と情報にたどり着くまでの時間も30%程度短縮されるとすればどうだろう。探す時間だけで考えてみても、1日2時間必要な人に比べ月20日では、1日の差が出る。合計すると月に3日間も差が出てしまう。この時間差を企業や個人でどう考え、活用するかは自由だが、企業であれば利益改善に貢献するし、個人であればさらなる知識や経験の吸収やストレス解消のための余暇にも使えるのではと考える。いずれにしても、いいことだ。

プログラミング的思考を習得するためにプログラムを書かずに図形の組み合わせと並び替えでゲームを作ったり、ロボットに単純な動きをさせたりなども一定の効果はあるのだろうが、これらも供給する側が「本質」や「原理原則」を隠すために用意したものだ。文字を入力することを避けずにプログラムを書いて動かすを繰り返し、自分のために役に立つ道具、スキルにするための学習を始めよう。

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