読んで書く2024年・8月【意識と心と感情】
真夏の三冊。
1)小林登志子『古代オリエントの神々』(中公新書)
2)ジュリアン・ジェインズ『神々の沈黙』(紀伊國屋書店)
3)煎本孝『こころの人類学』(ちくま新書)
興味があるうちに難しい本を読み切ってしまおう。古代の世界へ旅をして現代世界に何かを持ち帰るひと夏の英雄物語をじぶんで演じるわけです。読書の鬼になる!
『聖書』に羊がよく出てくる理由として《イスラエル人の祖先は、定住農耕民の周囲を流浪する人々であった。その中には羊の群れを飼う人々もいた》8頁と小林登志子さんは『古代オリエントの神々』(中公新書)で書いている。昔の日本に羊はいなかったらしい。《羊はおとなしいので、性格の激しい山羊を混ぜてやると、山羊が先頭に立ち、羊はその後についていく。牧夫は山羊を制御すれば、羊の群れ全体を制御できる》9頁と小林登志子さんは『古代オリエントの神々』に書いている。中原中也の詩集『山羊の歌』の中には「羊の歌」という詩が収められている。夏目漱石『三四郎』の結びの言葉は《ただ口の内で迷羊、迷羊と繰返した》である。この「迷羊」に「ストレイシープ」とルビがふられている。羊つながりの文学は探せば他にもあるべな。羊文学はバンドの名前だべな。
《太陽神の随獣は牛の合成獣から馬に交代する》59頁と小林登志子さんは『古代オリエントの神々』の中で書いている。牛人間から馬人間(ケンタウロス)へ。
《牛から馬への交替はインド・ヨーロッパ語族の影響との指摘もある。後で話すイラン起源の太陽神ミスラは馬を随獣としていた。また、インドの太陽神スーリヤは七頭の馬に、ギリシアの太陽神ヘリオスは四頭の馬にひかせた戦車で天空をいくと信じられていた》60頁と小林登志子さん。むかし太陽神スーリヤの名を冠した音楽団体があった。諸井三郎や内海誓一郎らがいたスルヤである。メンバーの一人河上徹太郎の紹介で中原中也が彼らに詩を提供し「朝の歌」と「臨終」などに曲がつく。スルヤの機関誌に歌詞として活字になったのが中原中也のデビュー。青木健『中原中也再見』に。
《ラー神と習合したアメンは特に新王国時代に、北方はシリア・パレスティナ、南方はヌビアまでと、版図を拡大したエジプト国家の守護神、つまり国家神として、その権勢が頂点に達していた》68頁と小林登志子さんは『古代オリエントの神々』の中で書いている。
《アメンは二枚羽根の冠をかぶる人物像として表現され、対偶神ムト女神と、子神にして月神であるコンスとで、三神群を形成した。アメンの随獣は牡羊および鵞鳥である》68頁と小林登志子さんは『古代オリエントの神々』の中で書いている。国家神アメンを祀るアメン神官団の権力が強大になるとそれに対抗するために王家の側から宗教改革が起こる。王家はアメンの代わりにアテン神を持ち出す。
《アテンは元来天体としての太陽そのものを指す名称》70頁であった。
《アテンはその先端が手先でおわる光線を発する日輪で表現される。動物頭で、人間の身体をした神々が多いエジプトでは、特異であった。また、その属性は非人格的で、アメンのように対偶神や子神を持たない》70~71頁と小林登志子さん。多神教からの脱却? アテン神によって他の神々を排除しようとしたアクエンアテン王の試みは失敗におわる。後の王朝によってこの宗教改革に携わった王たちは王名表から除かれてしまったそうである。根深い多神教の伝統には勝てなかった。
《一説によれば、インド・イラン語のミトラあるいはミスラの語源はメイ(mei-)で、これに助格接尾辞がつき、その意味は「交換」、あるいは「契約」である》77頁と小林登志子さん。インドのバラモン教のミトラとイランのゾロアスター教のミスラはここから由来すると云う。ミスラはギリシアではミトラス神と呼ばれローマではミトラ神と呼ばれた。
《この神のはじまりは契約の神だったが、「すべてを見、すべてを知る」という特性を持っていたことから、派生して太陽神となった》77頁と小林登志子さん。ミスラはゾロアスター教の最高神アフラ・マズダーと一時期対立するが消滅することなく根強く残って復権する。
《サーサーン朝ペルシアでは、ゾロアスター教は国教となり、聖典『アヴェスター』が編纂され、アフラ・マズダーのみならずアナーヒターやミスラの地位も高められた》81頁と小林登志子さん。
《ミスラはアフラ・マズダー神と后妃アナーヒター女神との間の子神で、三神は聖家族として一体となって祀られていた。ミスラは母神アナーヒターの胎内からではなく、岩の洞穴から12月25日に誕生したと信じられていた》81頁と小林登志子さん。キリスト教への影響。
《インドのミトラ神は西暦紀元前後の大乗仏教が成立した時代に、その神々の一柱として採用され、一種の救済神マイトレーヤ・ボッディサットヴァとなり、これを中国では弥勒菩薩と漢訳した》81頁〜82頁と小林登志子さん。仏教への影響。
ゾロアスター教をベースに世界の宗教の流れを追いかけると仏教やキリスト教の背後にある太陽神への信仰が人類にとって実に根深い原型であると思えてくる。神々が習合することで次世代に引き継がれていくというプロセス。
《アナーヒターはアルドウィー・スーラー・アナーヒターと称され、その意味は「湿潤にして強力かつ汚れなき者」の意味であって、河を本体とする水神である》117頁と小林登志子さん。
またアナーヒターは《水神にして、豊穣神である他に、イシュタルの影響を大いに受け、戦闘神にして、金星としても祀られていた》117頁と小林登志子さん。イシュタル=シュメルの地母神イナンナ。
《インド世界の河の神、サラスヴァティー女神はアナーヒター女神と同起源で、仏教の弁財天につながるという。だからこそ、弁財天は水辺に祀られているのである》118頁と小林登志子さん。
《プトレマイオス朝時代になると、オシリス神と聖牛アピスが習合したソラピス神にギリシア神話のゼウス神、アスクレピオス神、ディオニューソス神などが習合したセラピス神が登場する》176〜177頁と小林登志子さん。セラピスは治癒神・豊穣神・穀物収穫の守護神。
ジュリアン・ジェインズ『神々の沈黙』(紀伊國屋書店)を読んでみようと思います。古代文明への探検は続く。
第一部の第1章「意識についての意識」を読んだ。とても重要な議論が成されている。わたくしがこれまで意識だと考えていたものがことごとく意識とは関係ないものだった。ジュリアン・ジェインズが定義する意識は実に狭い領域に限定される。この前提に乗っかる必要がある。意識なしでできる事があまりにもたくさんある。車の運転や楽器の演奏は分かりやすい例だ。意識をしたらたちまち出来なくなる場合がある。発言もそうだ。何を言うべきか意識しはじめたら一言もしゃべれなくなるだろう。食事や運動や睡眠も然り。読書や思索や作文もそうかもしれない。意識に残された役割はわずかしかない。それは沈黙しながら見守ること。いったい何を見守っているのか。わたくしの世界の始まりから終わりまでを。たぶんそれだけのことしかできないしするつもりもないのだ。身体の有限性の範囲内においてひたすらその義務を負っている。得体の知れない何か。ジュリアン・ジェインズは古代の人類にはある時期まで意識が存在しなかったという仮説を確実な翻訳で現代人が解読できる最古の資料としての叙事詩『イーリアス』を使って検証する。《おしなべて、『イーリアス』には意識というものがない》91頁と。
意識が行動をコントロールするのではなく神々の声に従って英雄たちは動いている。それを詩人の創作とするのではなく古代人のリアルと考えてみる。古代人には神々の声を聞く能力が標準装備されていた。
《この神々は、今日では幻覚と呼ばれるものだ。普通、神々は話しかけている特定の英雄にしかその姿は見えず、その声も聞こえない》98頁とジュリアン・ジェインズ。幻覚という感覚とも違うような気がする。もし仮説が正しいとするなら神からの声が聞こえない方が異常になる筈だから。
わたくしがこの仮説(神々の声に従って人間は動いていた)に興味をそそられる理由は古代人に限らず現代人の中にも意識ではなく別の働きによって行動する人間が少なからず存在すると思えるからである。シャーマンのように生きている人々がわたくしの身近にもいる。取り憑かれた人々も。もっと簡単に云えば夢の中での会話はどう考えても内なる声をじぶんが聞いていることになる。夢には様々な人が登場するがそのセリフの一つ一つを夢見る人がじぶんで作っているとは到底考えられない。思いもよらない発言を耳にして驚く事さえあるのだから。
《統合失調症の幻覚が古代における神々の導きに似ていると考えるのが正しいのなら、どちらの例にも共通する生理的誘因があるに違いない。私が思うには、それはようするにストレスだ》119頁とジュリアン・ジェインズ。現代人の幻覚にも積極的な価値を見出せる可能性について。現代人にもストレスはたくさん。コロナウイルスで地球規模のストレスがありロシアによるウクライナ侵攻とパレスチナにおける悲惨は歴史的なストレスを我々に与え続けている。加えて日本では大地震に警戒しなくてはならない。幻聴が聞こえて来てもおかしくない。耳を傾けても神々は沈黙を続けている。近頃わたくしは独り言が多くなった。しかも大きな声で。寝言のように思われているかも知れない。でもはっきりと声に出して独り言。それを聞きながらふと思う。これが神々の声なのではないか。
《最初の詩人は神々だった。詩は〈二分心〉の誕生とともに始まった。古代の精神構造における神の側はたいてい、いやことによるとつねに、韻文で語っていたのだ》438頁とジュリアン・ジェインズ。現代の詩人でこの仮説を支持する人は多いと思われる。入沢康夫さんもそのひとりだ。入沢康夫いわく《わが詩は、私を右斜めうしろから支え鼓舞する「何物か」が在る時、その時のみ「わが詩」となる》。この証言は現代における二分心の好例であろう。
《左半球に脳出血を起こした高齢者の多くは、言葉が話せなくなっても歌を歌うことはできる》441~442頁とジュリアン・ジェインズ。
《右半球の後側頭葉と隣り合った領域、とくに前側頭葉に電気刺激を与えると、しばしば歌や音楽の幻聴を引き起こす》442頁とジュリアン・ジェインズ。
《古代の詩には、神々の声を作っていたと思われる右側頭葉の後ろ寄りの部分と、その隣の、今日もなお音楽に関与する領域とがかかわっていたのだ》442~443頁とジュリアン・ジェインズ。
《古代の詩人が竪琴を用いたのは、神々の言葉を生み出す領域、つまり右側頭葉の後ろ寄りの部分を、すぐ隣の領域から刺激するためだった》446頁とジュリアン・ジェインズ。
アプローチを変えてシャーマンの側に立って「こころ」の起源を探る冒険に出よう。 煎本孝さんの『こころの人類学』(ちくま新書)を読んでみます。
ジュリアン・ジェインズの仮説によれば三千年前の人類には意識がなく心が二つに分かれていて右側から神々の声が聞こえその命令に従って生きていた。だとすれば人類はみなシャーマンだった。そして意識の台頭によってシャーマニズムも衰退していったということになる。
《神話の小さな少年の名前はベジアーゼという。彼はトナカイの糞の中で発見され、インディアンのキャンプにやってきて少年になった。そして、トナカイの群れへと帰っていった。すなわち、この小さな少年はトナカイから人間へ、そして、さらに人間からトナカイへと変身したのである》29頁と煎本孝さん。
《洞窟壁画に見られる動物とヒトとの混成像の図形を分析すると、これらの図形はシカ科、バイソン、マンモス、クマなどの動物とヒトとの混成像の可能性がある。これらの混成像は、特にシカ科やバイソンとヒトとの混成像は仮面をつけた魔術師、あるいはシャマンと呼ばれてきた》50頁と煎本孝さん。
紀元前の洞窟壁画と神話を結びつけて考えれば動物とヒトは二つに区別できるけれど互いを必要とする関係であるならば根源的には一体のものであるという精神性が作られていく。その仲介者としてシャーマンがいる。シャーマンにとって神々は動物となってあらわれる。ジュリアン・ジェインズの二分心の場合は神々に代わって意識が台頭したとしているがシャーマンの立場は動物たちの心を人間の言葉に変換することを主なる役割としているように見える。上半身が動物で下半身が人間という壁画の存在はその象徴か。動植物や鉱物やその他自然現象の心を人間の言葉に翻訳して伝えてくれる童話集『注文の多い料理店』が刊行されたのが1924年12月。百年を記念する本年はそこに収められた童話を丁寧に読解してみようと考えている。例えば「鹿踊りのはじまり」は嘉十という人間がシャーマンの役割を果たしている。「どんぐりと山猫」では一郎少年がどんぐりたちの声を山猫と一緒に聞いて裁判する。「狼森と笊森、盗森」では人間は森や山と会話ができる。『注文の多い料理店』は人間が皆シャーマンだった時代の話を集めたような童話集である。ジュリアン・ジェインズなら二分心をもった人間の話だと思うだろう。
《アイヌの世界観において、自然は霊的存在であるカムイとして認識される。動物や植物はそれぞれの種のカムイの現れである》65頁と煎本孝さん。
《カムイは神々の世界では人間の姿をしている。しかし、カムイが人間の世界にやってくる時には、仮の姿としてそれぞれの動物や植物の姿をとる》65頁と煎本孝さん。
《カムイ(クマ)からの贈り物としての肉、毛皮、胆嚢を人間が受け取り、人間からの返礼として酒、幣(イナウ)、餅(シト)をカムイに贈るという贈り物の交換を通した関係が結ばれ、またその継続が約束される》66頁と煎本孝さん。この互恵的関係が崩れた現代社会では戦争が必然的に起きる。
2024年8月14日読売新聞朝刊に「戦争の終わらせ方」を探究している千々和泰明さんのお話。終わらせ方を考えておくことが戦争を防ぐことにもつながる。
2024年8月15日朝日新聞朝刊に「厭戦の思想」という辻真先さんへのインタビューが掲載されている。爆風には「往復ビンタ」があると。体験談が重く突き刺さる。
《熊祭りは自然と超自然との結界を解き、その間をアイヌとカムイとが自由に往来するシャマニズム的世界観に支えられており、この意味でシャマンなきシャマニズムの実践である》87頁と煎本孝さん。
8月12日から熱が出始め13日に39度になったので病院に行こうと思ったら病院もお盆休みで金曜日までやってないことがわかって自力で治そうと決意しビタミンCをたくさん摂取して寝込んで14日に37度になったが体のあちこちが痛くてまだウイルスがいたずらしている15日に人間は快適を欲していると悟る。息苦しさから逃れようと水を飲んだり頭を冷やしたり鼻をかんだり横になったり座ったり汗をかいたら体を拭いて着替えてまた横になるなど試行錯誤しているのは少しでも快適な状態に身をおこうとする欲求があるからで病気をしないと人はなかなかそれに気がつけない。
八月後半はアントニオ・R・ダマシオ『感じる脳』(ダイヤモンド社)を参照しながら「こころ」の問題に迫りたいと思います。病み上がりの思索に拍車がかかる。
ビタミンCを信じているので効果がある。処方された薬も良いがその場合診断してくれた医師と処方した薬剤師を疑わないというメンタルが必要になる。ビタミンCの場合それが不要だ。ダイレクトに効果がある。このような自身の経験が現在のわたくしの意思決定に影響を与えている。雨激しくなる。エアコンを止めて外の空気を入れてみる。雨のおかげで少し涼しい。だが湿気は取りたい。また快適を求めている。快適な状態でいられることが当たり前になってしまっている。これは望ましいことだけれど恐ろしいことでもある。じぶんが望まない環境に強制的に押し込められて息苦しい思いをしている人もたくさんいる。戦時下にいる人々は特にそうだ。じぶんと同じくらい他者の快適を保証できるのでなくてはならない。思索はじぶんが動物でもあるという基本的な認識から外れないようにしながら進めなくてはならない。動物だから腹が減り狩りにも出るし安全な寝床を確保するし群れの行動にも従う。欲望を相対化する知性を特別扱いしない。住まいと家族と仕事と仲間との関係性も動物として行動している一つの結果だ。
《1999年12月1日。ホテル・デス・インデスの愛想のいいドアマンがきっぱり言う。「この天気じゃ、歩かないほうがいいですよ、旦那様。車をお呼びしましょう。風がひどい、ほとんど台風です、旦那様。あの旗を見てください」》27頁とアントニオ・R・ダマシオはスピノザの家を訪ねた日の事を記す。
嵐の日にアントニオ・R・ダマシオは扉の閉まったスピノザの家の前に立ちスピノザその人と面会することを夢想する。《きれいに髭を剃った、釣り合いのとれた顔、美しく輝く黒い大きな目が、彼の容貌をいっそう際立たせている。髪の毛も黒、眉毛もそうだった》39頁と。
埋葬の地を訪れたアントニオ・R・ダマシオは次のように考える。《ユダヤ人として生まれたスピノザが、なぜこの強大なプロテスタント教会のわきに埋葬されているのか。その答えは、スピノザと関係する他の問題に劣らず複雑である》44頁と。
ユダヤ教会から破門されたスピノザがユダヤ人墓地に埋葬されることはない。《しかし、(遺体が盗まれ)スピノザが実際にはこの墓に〈いない〉のは、たぶん、プロテスタントであれカソリックであれ、彼がついぞ本物のクリスチャンにはならず、多くの者の目には無神論者と映ったからではないか》45頁。
《スピノザの神はユダヤ教の神でもキリスト教の神でもなかった。スピノザの神はどこにでもいたが、それに向かって語りかけることはできなかった。スピノザの神は祈られても答えず、はじまりも終わりもない宇宙のまさに粒子一つひとつの中にいた》45頁とアントニオ・R・ダマシオは語る。
《そしてスピノザは、埋葬されていて埋葬されておらず、ユダヤ人であってそうではなく、ポルトガル人だったがじつはそうではなく、オランダ人だったがそういうことでもなく、どこにも属していなかったがすべてに属していた》45頁とアントニオ・R・ダマシオは語る。スピノザを言い当てている。
雨が降りしきる日に部屋の中で物思いにふける時間が与えられている。アントニオ・R・ダマシオが語るスピノザのことについて今耳を傾けている。身体は環境に反応しながら常に快適を求めている。快適であれば感情は落ち着いているが少しでも不快になると行動に移る。ページをめくる。雨だれの音。坂本龍一さんのピアノ曲を流しながらパスタを茹でている。娘と二人の夜ご飯の準備。外の雨がまた強くなった。ペルセウス座の流星が去りそして台風も去って夏が終わりに向かう。情動と感情は区別できる事をスピノザも考えていたらしい。パスタを茹でるのは情動でおいしいと思うのは感情か。
《ポジティブに調節された命の状態を実現しようという連続的な試みが、われわれの存在の重要で特徴的な部分であることは明らかだ。それはわれわれの存在の第一の現実であり、スピノザが直観したものでもある》61頁とアントニオ・R・ダマシオは語る。
感情。よく知っていることのようで説明しようとするとうまくいかない。スピノザと一緒に考えてみる良い機会になりそうだ。感情。それなしに一日は始まらないし終われない。感情。人の心を具体的に表しているもの。芸術はいつも誰かの感情を動かしたいと願う。人間は誰かの感情を動かすために行為する。感情についての素朴な疑問。赤ん坊の時はことあるごとに泣きわめいていたのに大人になるにつれ泣くのをできるかぎり我慢するのはなぜか? 泣けばいいのに。感情についての素朴な疑問。泣く=悲しい。笑う=楽しい。赤ん坊は悲しくて泣いているのか? 赤ん坊は楽しくて笑っているのか? 赤ん坊の時のじぶんの気持ちはよく覚えていないがおそらく悲しくて泣いた事は一度もないのではないか。泣く=不快。笑う=快適。
小学校低学年のある日のこと。クラスメートの一人Sくんが周りの友達数人からからかわれていた。Sくんはとても悲しい表情になったが無理に笑顔を絶やさないよう努力していた。その晩わたくしはSくんの事を思い出して涙が溢れ出て来た。おそらくその時初めて同情という経験をしたのだと思う。
赤ん坊の頃には感情はないように思われる。しかし幼少期には経験を積んで動植物や物にさえ同情できるようになる。同情から悲しみや憐れみや喜びや怒りを知るようになる。感情には相手が必要だ。守りたいものが生まれると同時に感情は完備されるのではないか。
小学生の頃わけもなく好きな女の子の家の周辺を自転車に乗ってうろついたりしていたのはなぜか? あわよくば声をかけてもらい会話の機会がもてるかも知れない。実際二階からその子が顔をのぞかせ「何してるの?」と声をかけて来た時わたくしは「別に」と云って逃げ帰った。
小学二年生まで同じクラスだったKくんが三年生の時にわたくしの胸ぐらをつかんで「お前生意気だぞ」と手下になるよう求めて来た。わたくしはそれには応じなかった。無性に悲しくてなった。仲良しだったのに何が彼の心を変えてしまったのか理解できなかったのだ。
Yくんは転校生だった。となりのクラスの男子からイジメを受けていた。わたくしはその現場を目撃すると必ず仲裁に入った。Yくんはある時わたくしに「がっこはいいよなあ」と云った。Yくんの目はなぜ自分だけがこんな目に遭わなくてはならないのかと訴えていた。わたくしは何も答えられなかった。
《スピノザの広い定義では、悲しみは、苦悩、恐れ、罪悪感、絶望といったネガティブな状態を包含している。それらのマップは苦「調」で作曲された楽譜である》182頁とアントニオ・R・ダマシオは語る。
《言葉の広い意味でも狭い意味でも「悲しみ」に関するマップは、機能的不均衡の状態と結びついている。活動のゆとりが減少している。ある種の苦や、病や生理学的不調和の兆候が存在している。それらはどれも、生命機能が最適に調整されていないことを示している》183頁とアントニオ・R・ダマシオ。
《悲しみのマップは、完全性がより劣る状態への有機体の移行と結びついている。活動のための力と自由が減少している。スピノザの見解では、悲しみもがいている者は、おのれの〈コナトゥス〉を、あるいは自己保存の傾向を断たれている》184頁とアントニオ・R・ダマシオ。
映画『男はつらいよ』はわたくしにとって永遠の参照基準である。
マドンナに恋をして真にわかりやすい反応でテキパキと行動する。悲しみは瞬く間に訪れる。寅さん自身がそのような結末になることをいちばんよく分かっている。そこに哀愁がある。映画は寅さんの同情に始まり観客の同情で終わる。「奮闘努力の甲斐もなく 今日も涙の日が落ちる」『男はつらいよ』の歌詞の一節。
《conatumは努力とか傾向とか奮闘と訳すことができるが、スピノザはそれらのいずれをも、あるいは、もしかするとそれら三つの意味を混ぜ合わせたものを意味したのだろう》223頁とアントニオ・R・ダマシオは語る。
寅さんの倫理は絶妙である。それ以上踏み込んだらすべてを台無しにしてしまう手前で引き下がる。人情が骨の奥まで染み込んでいる。まるでエチカの実践者である。スピノザと寅さんは振る舞いがよく似ているかも知れない。
スピノザを知ったのは30年ほど前に工藤喜作さんの『人と思想58スピノザ』(清水書院)から。他の思想家とものの捉え方が異なるためとても新鮮だった。
《スピノザは人間におけるコナトゥスが、精神のみ、あるいは精神と身体に関係して、それが意志や、衝動、欲望に分かれると主張したが、しかしこれらはただ名称が異なるだけで、その本質はみな同一である》と工藤喜作さんは解説している。
《つまり、それは人間が自分の存在を維持する力であり、それなしに人間は生きることができない。しかもこの力は神を原因とし、神から与られたものである》と工藤喜作さんはコナトゥスについて簡潔に説明している。
コナトゥスについて知るとなぜか元気が出てくる。さあ生き生きと生きよう! 蝉が鳴く。元気いっぱいに。ああコナトゥスだなあと思う。夏の終わりだ。散歩に出かけよう。コナトゥスに満ちた無限の世界を味わうために。
8月の仕上げに向けて柄谷行人さんの『探究Ⅱ』(講談社学術文庫)を参照します。
スピノザの深さを面白く教えてくれる本です。
《神とはこの「世界」のことであり、それは観念としてのみ見いだされる。この「世界」の外に考えられるような神は表象にすぎない。デカルトは、まさにそのような神=世界を見いだしながら、なお一方で神をそれをこえた人格として表象していた。この混乱をスピノザは見のがさなかった》140頁と柄谷行人さん。
《スピノザにおいて大切なのは、表象と観念の区別、あるいは概念と観念の区別である。たとえば、ユークリッドの定義する「広がりのない点」なるものは観念である。われわれが紙の上で描いたり思い浮かべたりする「点」は、すでに広がりがある》141頁と柄谷行人さん。
《スピノザにおいて観念と表象の区別が重要なのは、彼の仕事が、一口でいえば、表象(想像知)の批判であり、しかもそれが「無限の実体」としての神の「観念」によって可能になっているからだ。表象としての神と、観念としての神はちがう》156頁と柄谷行人さん。
《スピノザの「幾何学的な叙述」は、時代の流行やデカルトへの模倣によるのではなく、そのようにしか語りえない認識が強いる必然的な形式である。この叙述形式を簡単に見すて、あるいは「無限の観念」を見すててしまうことは許されない》168頁と柄谷行人さん。
《「無限」は、無際限な超越者ではない。それは、そのような超越がもはやありえないという意味で、世界を閉じるものである。そのとき、内部と外部、本質と現象、真理と幻想、精神と身体といった二分法が静かに止めをさされたのである》168頁と柄谷行人さん。
《神は超越的でなく内在的である。いいかえれば、神とは、自然であり世界のことである。それは「唯一の」世界である。つまり、一切がこの世界内に属するのである。それが「無限」ということの意味することだ》169頁と柄谷行人さん。
《この「世界」を越えてあるものはない。しかし、それは、われわれがこの世界を超越しえないということの裏返しである。デカルトは、この世界が決定論的であるといいながら、自由意志を認める。このことは、この世界を越えた人格神を認めることにつながっている》174頁と柄谷行人さん。
《スピノザの「無限」とは「超越」の不可能性であり、それはまた「全体性」を透過することの不可能性である。目的は、まさに全体を見通す視点から来るからである。たとえば、ヘーゲルの精神とはそのようなものだ。彼はスピノザには矛盾が欠けており、歴史的運動が欠けているという》174頁と柄谷行人さん。
この世界の一部であるわたくしがこの世界の歴史を全部見渡すことができるのであれば話は早いのだがそれは不可能である。わたくしには歴史の計画は隠されていて見えない。大学生の時に「歴史哲学」の授業を受けてそのことを知らされてからずっとこの謎を追いかけている気がする。超越への欲求。
無限を導入して超越への欲求を軽々と捨てることができたスピノザがうらやましい。しかしその論理が与える影響を考えるととても怖い。無限を主張したジョルダーノ・ブルーノが焚刑に処せられたことを思えばなおのこと。スピノザは潔い男だ。まことに潔い。
スピノザが無限を思っている時スピノザにとって現在とは何であったのだろう? 無限の中の一部? 無限にとって最大の敵は現在ではないのか? 現在を認める思考は無限に竿をさす。現在というものは恐るべき存在である。それに見捨てられたならどんな深淵も無いものと化すのだから。無限だってかなわない。永遠だってかなわない。絶対だってかなわない。宇宙はそこにしか立っていられない。それが現在。ああ恐ろしい。「無限」が観念ならば「現在」は究極の観念であろう。天台ならばそれを「一念」と云う。時間的には一瞬であるが空間的には無限の世界を包んでいる「一念」。「現に在る」という意味での「現在」はまさに「一念」と云うしかない。布団の上で目を覚ます。意識がある。手足を動かしてみる。それは自由意志か。欲望か。無意識か。言語媒介行為か。いずれにしてもここが現在であることは疑う余地がない。現在の中に無限の世界がある。この究極の不思議。不思議に包まれたまま活動を開始する。無限を前提するならばこの世界が神であるとしか云えない。そして超越は不可能となる。しかしこの現在こそが超越なのではないか。断定はできないがわずかでもその可能性にかけたくなる。それが人情だ。
スピノザの定義による神には信仰が不要である。無限という言葉の意味に忠実であれば自然に導き出されるようにできている。そして誰にもそれは理解可能なものだと云える。人類がそれで気が済むのであればここで神に関する議論は止めてもいい。ところがそうはいかない。17世紀から400年経っても500年経っても人類は超越の神を求めて言い争っている。この世界を超越したものを欲するわれわれの欲望。信仰とはその欲望のバリエーションである。この夏はずっとそのことを考えていた。論争は終わらないだろう。
