『ホラーが書けない』36話 ニオイの怪異【Web小説】
第36話 姿は見えずニオイだけのアヤカシがいる?
俺――紫桃――は新宿の夜の街を歩いている。地元だと、平日は深夜をすぎれば街から人の気配はなくなる。商業施設があまりないから出歩く客が少ないことが一番の原因だけど、車社会という点も関係している。
比べて東京は遅い時間まで公共交通機関が動いている。電車の最終が0時をすぎても走るくらい交通の便が発達していると、遅くまで街を楽しむことが可能だ。
新宿の街は明かりが途切れることなく煌々としている。建物や店の看板、街灯など人工の光が照っていて暗がりを感じさせない。
隣にはひさしぶりに会った友人・コオロギ――神路祇――がいる。日常だと「夜」は、仕事が終わってへとへとな状態でビールを飲んでいるか、帰宅して少し休んだあとにランニングをしているイメージしかない。だから夜にコオロギと一緒にいるなんて現実味がなくて変な感じだ。
こうして並んで歩いていると東京に住んでいたころを思い出す。俺は地元へ帰ったUターン組だが、就職する前に東京で職業訓練を受講した。コオロギとはクラスメートとして知り合い、数年来の付き合いとなっている。
訓練中は授業が終わったあと、勉強会という名の飲み会があった。強制ではなく行きたい人だけ参加する酒宴の会場は、訓練校の最寄り駅にある居酒屋だった。
俺はよく飲み会に参加していて、コオロギはたまに参加してきた。飲み会が終われば今みたいに駅まで並んで歩いたものだ……。
俺たちはさっきまで都庁にいたが新宿駅の前まで戻ってきた。西口ロータリーにはアレがある。ずっと我慢していたけど、たまらずにコオロギに言った。
「コオロギ、悪いけど煙草を吸ってもいいか?」
「どうぞ」
新宿区は路上での喫煙が禁止されていて、屋外で喫煙できる場所は決まっている。東京へ行く前に下調べをし、新宿駅付近で喫煙できる場所をチェックしておいた。やっと一服できるぞ!
屋外に設けられた喫煙所は、煙が流れにくいように四方をガラスで囲むような形をとり、屋根はなく天井が開いている。深夜なのでさすがに利用者は少なく、十分に距離を置いて煙草が吸える。
俺は入り口付近で煙草を吸うことにし、煙草を吸わないコオロギには悪いけど近くにいてもらっている。夜の街に女性一人でいるのは危ないからな。
コオロギのいる方向へ煙が流れないよう風の向きに気をつけながら、至福の時を楽しんでいるとコオロギが話しかけてきた。
「紫桃は煙草のニオイが染みついていそうだな」
「服にニオイがつきやすいから消臭剤とか使ってなるべくニオイを消すようにしている。
それでもにおうのか?」
「紫桃は気配りができてるよなあ。
ふつうは大丈夫。服を洗濯したりお風呂に入ると、だいたいは消えるよ」
俺は聞き逃さずちゃんとキャッチして、話が流れてしまわないうちに、さくっと質問する。
「『ふつうは大丈夫』ってなんだよ?
煙草のニオイが特別とれないコトでもあるのか?」
「煙草だけじゃないよ、千秋チャン。
ほかにも『とれないにおい』があるんだ」
コオロギは歯を見せていたずらっぽい笑みを浮かべ、楽しそうな目をして俺を見ている。コオロギが俺を名字の「紫桃」ではなく「千秋」と呼ぶときは、からかったり、なにか企んでいたりすることが多い。
今回は……俺が『お願い』してくるのを待っているな?
はいはい、子どもだなあ。
コオロギの仕事が終わってから合流し、居酒屋で一緒に酒を飲んだ。コオロギの飲むペースは速く、けっこうな量を飲んでいた。まだ酔いが残っていて機嫌がいいぞ。これはチャンスだ! 奇譚が聞けるかもしれない。
「なんだよ、とれないにおいって?」
「聞きたい?」
「頼むよ」
「しょうがないなあ」
コオロギは酔っているとすぐに引っかかる。『お願い』すると気を良くした。あとは話しだすのを待つだけだ。俺はわくわくしながらコオロギを見る。
「幽霊には体臭があるんだ。
新宿で仕事をしていたときのことだけどね――」
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