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モラハラ離婚した私が、離婚前に本当にやってよかった7つの準備

「離婚したい」

そう思っても、私はすぐには動けませんでした。

怖かったんです。

お金のこと。
子どものこと。
怒鳴られること。
“本当に逃げていいのか”分からないこと。

でも、少しずつ“準備”を始めたことで、私は離婚できました。


今、この記事を読んでくださっているあなたが、
もしまだ“離婚しようかどうか”迷いの中にいるなら。

急がなくて大丈夫です。
今すぐ答えを出せなくても、大丈夫です。

ただ一つだけ、忘れないでほしいのは、あなたとあなたの子どもは、安心して生きる権利があるということ。

その権利を守る選択は、決して間違いではありません。


モラハラ被害にあっていると自覚した当時の私は、「つらい」という気持ちは確かにあるのに、離婚を決断することができない状態でした。

頭では分かっているのに、心と現実が追いついてこない。
そんな感覚です。


「子どものためにも、別れたら父親がいなくなる」
「収入も減るし、生活は今より苦しくなるかもしれない」


そう考えると、離婚=正解とは思えなかった。



それに、これくらいのことで別れるのは、大げさなんじゃないか?とも思っていました。

一方で、自分がモラハラ被害にあっていると自覚した時、「別れたほうがいいんだろうな」と何度もそう思っていました。

結果、私はすぐに離婚を決められませんでした。
怖かったし、不安だったし、何より「本当にそこまでなのか?」と、自分の感覚を信じきれなかった。



それに、相手は外では“いい人”でした。
だから余計に、
「私の我慢が足りないだけかもしれない」
「これくらい、みんな耐えているのかもしれない」

そうやって、自分の気持ちを何度も後回しにしてきました。



この記事は、「今すぐ離婚しよう」と背中を押すものではありません。

これは、“まだ別れられなかった私”が、モラハラから抜け出し、最終的に離婚を決めるまでに、
静かに、でも確実にやってきたことの記録
です。

もし今あなたが

・つらいのに決断できない
・このままでいいのか分からない
・誰にも本音を言えずにいる

そんな状態なら、この先に書く「やったことリスト」の中に、今のあなたができそうなものが、きっと一つはあると思います。




当時の私の状態

・これくらい、みんな我慢しているんじゃないか?
・これくらい、普通なんじゃないか?
・私の我慢が足りないだけでは?

そうやって、相手ではなく自分を疑う癖がついていました。

外に出れば、相手は「いい人」でした。
周囲からの評価も悪くない。
だからこそ、「モラハラだ」と断言することが怖かった。

もし違っていたら?
もし私の受け取り方が間違っていたら?
そう思うと、誰にも相談できませんでした。

つらいはずなのに、「でも」「まだ」「もう少し」と理由をつけて、その場に留まる選択を繰り返していたのです。


今振り返ると、これは弱さではなく、不安と恐怖の中で、必死に現実を壊さないようにしていただけだった。

当時の私は、「離婚するか・しないか」を考える段階ではなく、やっと自分の状況を理解し始めたところだったのだと思います。



それでも、すぐに離婚しなかった理由


今振り返ると、当時の私は「離婚できなかった」のではなく、まだ離婚を決める準備ができていなかったのだと思います。

あの頃の私は、心も生活も、まだ相手との関係の中に深く絡め取られていました。

感情はぐちゃぐちゃなのに、生活は続いていく。
子どもの世話も、家のことも止まらない。
仕事は育休中でできない。

そんな状態で、「はい、今日から別れます」と決断できるほど、人は強くありません。

そのため、まず、自分の気持ちがどこにあるのかを、ちゃんと確認する必要がありました。

・本当に離婚したいのか
・それとも、分かってほしいだけなのか
・怖いのは何なのか
・失いたくないものは何なのか


これを整理しないまま別れてしまったら、きっと私は後悔するし、その後も上手くいかないだろうなと…


それに、感情が限界=今すぐ離婚ではないとも感じていました。

怒りや悲しみのピークで決断すると、あとから
「本当にあれでよかったのか?」と自分を責めてしまいそうだったからです。



もう一つ、大きかったのは、自分を守るためでもありました。

離婚は、気力も体力も奪われます。
判断力も落ちるし、相手とのやり取りで、さらに心を削られる。

当時の私は、そこまで耐えられる状態ではなかったので、すぐに答えを出さない選択をしました。

これは逃げではなく、壊れないための猶予だったのだと思います。


今だから分かりますが、すぐに離婚しなかった時間があったからこそ、私は感情ではなく、自分の意思で離婚を選ぶことができた。

もしあのとき、誰かに急かされるまま決断していたら、ここまで納得できる形にはならなかったと思います。

この時間は、無駄でも、遠回りでもありませんでした。

むしろ、モラハラに耐える時間は辛かったけど、私が自分を取り戻すために、どうしても必要な時間だったと思います。


これからご紹介するのは、私が離婚を迷っている最中にやったことリストです。



リスト① 「これはモラハラだ」と、自分の中で言語化した


まず、最初にやった、たった一つのこと…

当時の私は、相手の言動がつらいのに、それをモラハラだとはっきり言えませんでした。

というより、言ってはいけない気がしていたんです。


「大げさだと思われるかもしれない」
「私が弱いだけかもしれない」
「本当にモラハラだったら、もっと酷いはず」
「夫からモラハラを受けているなんて、なんだか惨めだし、恥ずかしい」


そうやって、自分の感じている苦しさに自分でブレーキをかけていました。

だから最初は、いきなりこれはモラハラだと断定しませんでした。

そのため、まず私がやったのは、“名前をつける前の作業”です。 
「つらい」「悲しい」という気持ちを脇に置いて、実際に起きた出来事だけを書き出しました。

・何を言われたか
・いつ、どんな場面だったか
・その後、相手はどう振る舞ったか


評価も、解釈も入れず、ただの記録として。

ここで大事なのは、「私はこう感じた」ではなく、「こう言われた」「こうされた」です。

この作業をして初めて、自分の中で毎回、同じ形で傷つけられていることに気づきました。


次にやったのは、なぜ嫌だったのかを一段深く考えることでした。

・無視された → なぜつらい?
・怒鳴られた → なぜ怖い?
・否定された → なぜ自信を失う?

そうやって分解していくと、そこにあったのは“人格を軽んじられる感覚”

ただの喧嘩やすれ違いではなく、自分という存在を下に置かれている。



ここで大切なことがあります。

私はこの段階で、これは絶対にモラハラだと決めきる必要はないと思っていました。

大事だったのは、「私は苦しいと思っていい」と、自分に認めること。
これは普通じゃないかもしれないと気づくこと。

そして、この作業をしてから、私の中で大きく変わったことがあります。

それは、自分の感覚を疑いすぎなくなったこと。

元夫に何か言われても、「私が悪いのかな?」
ではなく、「これは、前にも似たようなことあったな」と、一歩引いて見られるようになりました。

この“距離”ができたことで、私は初めて、冷静に自分の状況を考えられるようになったのです。

※補足として

このとき私がやっていた記録は、自分の気持ちを整理するためのものでした。

でも後から振り返ると、それは結果的に、離婚協議や調停の場面でも役に立つものでした。

ただし、この段階で「証拠を集めなきゃ」と身構える必要はありません。

日記のように、いつ何があったか、その時に自分はどう感じたかを淡々と残しておくだけで十分です。

もし将来、自分を守る必要が出てきたとき、その記録はあなたの味方になってくれます。



リスト② 相手を変えようとするのをやめた


当時の私は、モラハラ加害者(元夫)に対して本気で話せば分かってもらえると思っていました。

怒らせない言い方を選び、元夫の機嫌をうかがい、タイミングを見計らって伝える。

それでも返ってくるのは、
「被害者ぶるな」
「そんなつもりじゃない」
「お前の考えすぎだ」
こんな言葉。


でも、何度も話そうとして、何度も否定されるうちに、ある違和感がはっきりしてきました。

それは、こちらの話の内容以前に、相手が理解しようという姿勢そのものがないということ。

「分かってもらえない」のではなく、「分かろうとされていなかった」のです。

どれだけ丁寧に言葉を選んでも、相手は最初から
自分が正しいという立場を崩さない。

一時的に謝ることはあっても、行動は変わらない。
同じことが、形を変えて繰り返される。

この時、私は初めてこれは話し合いではないと気づきました。


そして、振り返ると、私はずっと、こんな役割を一人で引き受けていました。

・相手の感情の責任を取る
・怒らせた自分が悪いと思う
・場を荒らさないために黙る

関係を壊さないために、自分を小さくする役割です。

でも、パートナーとの関係は本来、どちらか一方の我慢だけで成り立つものではありません。

私がどれだけ努力しても、相手が変わる気がなければ、関係は変わらない。

この現実を受け入れるのは、正直、とてもつらいことでした。


けれど、この頃、私は少しずつ理解し始めていました。

相手は、何に対しても自分の思い通りにならないこと自体に強い不満を持つ人だった、ということ。

私が悪かったわけではない。
私がどんなに努力しても、相手の不満はなくならない。

問題は、私の伝え方や態度ではなく、相手の在り方そのものでした。


そう気づいたとき、私は初めて、相手の感情や機嫌まで自分の責任として背負わなくていいのだと
思えるようになりました。

大人である以上、感情の扱いは本人の問題です。

私が無理をして、相手のご機嫌を取ったり、納得させたりする必要はありません。



そして、相手を変えようとするのをやめたとき、私は一瞬、負けたような気持ちになりました。

でもそれは、関係を投げ出したわけでも、冷たくなったわけでもありません。

自分を犠牲にする努力をやめただけでした。

相手に意識を向けるのをやめたことで、私はようやく自分に問いかけられるようになりました。

・私は、どう扱われたいのか
・これは我慢すべきことなのか
・この関係で、私はどうしたいかの感情は消えていないか

こうすることで、考える対象が、相手ではなく自分自身に戻ってきたのです。



リスト③  「子どものため」を、感情ではなく現実で考えた


「子どものためにも、離婚しないほうがいい」

これは、私が離婚を考え始めてから、何度も何度も自分に言い聞かせてきた言葉でした。

父親と引き離すのはどうなんだろう…
金銭的にやっているだろうか…
子どもにとって環境を変えるのは負担になるだろうな…


そう考えると、どんなにつらくても、我慢するのが“親として正しい選択”のように思えていました。


でも、「子どものため」は本当に現実を見ている言葉なのか…

ある日、ふと立ち止まって考えました。

私は「子どものため」と言いながら、何を基準に判断しているのだろうと。

・世間体
・一般論
・「普通の家庭」というイメージ

ここに、子どもの日常そのものはどれだけ含まれているのか…

当時、子どもはまだ1歳未満。

でも冷静に考えてみると、子どもが大きくなった時に私と同じ被害にあったら…

私はそう考えながらも「それでも離婚はまだ早い」と自分に言い聞かせていたのです。




でも、改めて冷静に考えてみると、問題は父親がいるか・いないかではなく、子どもが、家の中で安心できているかどうかだったのではないか。

片親よりも、安心できない家庭のほうが問題ではないか。

・緊張感のある空気
・誰かが常に我慢している関係
・感情が爆発する可能性がある日常

これが続くことは、本当に子どものためなのか。

「離婚したらかわいそう」ではなく、「この環境で育つことはどうなのか」を、初めて現実として考えました。



さらに考えて、怖くなったことがあります。

それは、この関係性を“普通”として子どもが覚えてしまう可能性でした。

・怒鳴られるのは仕方ない
・我慢する側が折れる
・感情をぶつける方が強い

これを「家族の形」として刷り込んでしまったら?

将来、同じような関係を選んでしまったら?

「今は小さいから分からない」ではなく、今だからこそ、影響を受けているのではないか?

そう思ったとき、「子どものため」という言葉が、私を守る言い訳ではなく、向き合うべき現実に変わりました。



この時、離婚が絶対に正解だと分かったわけではありません。

不安もありました。
経済的なこと、環境の変化、子どもの気持ち。

それでも、一つだけはっきりしたことがあります。

「このまま何も変えない」という選択肢が、必ずしも安全ではないということ。

完璧な答えがなくても、判断の基準は決められます。

それは、今、子どもは安全に暮らせているか?

この問いに、胸を張って「はい」と言えないなら、考え直す価値はある。

子どものために必要だったのは、我慢し続ける親の姿ではありませんでした。

・自分を大切にすること
・理不尽を理不尽だと言えること
・安心できる環境を選ぶこと

それを見せることも、立派な子どものためだったのだと、今は思います。


この章を書きながら、当時の自分に伝えたい言葉があります。

「迷っていい。現実から目を逸らさなくていい。
そして、自分を大切にしていい。」



ここまでは、私の心の整理の話です。
この後は実際に「離婚を進める」ために、私がやった具体的な行動です。


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