教育ママの血は受け継げない
メタリックな縁の眼鏡をかけた女性は教育ママっぽい。昔、そんなイメージがあったように思う。
子どもの教育に熱心な母親のことを「教育ママ」なんて揶揄する風潮、最近はないのだろうか。
祖母は教育熱心だったらしい。6人姉妹の末っ子だった祖母は成績が振るわず、地元の女学校に進学できなかったそうだ。隣の市にある女学校を卒業した祖母には、強いコンプレックスが残った。そう自分で語っていた。
姉たちが通った女学校にひとりだけ進めなかった、その疎外感ややりきれなさはなんとなくわかる。
コンプレックスから、祖母は子どもふたりの教育に力を注いだそうだ。
結果、母も叔父も難関とされる大学に進んだ。気弱な祖母の、思いがけない一面を知った感じがする。
そんな祖母のもとで育った母は、私にわりと自由にさせてくれた。
8歳で始めたフルートに夢中になり、勉強そっちのけだった時期も、あまりうるさくは言われなかった。多少のお小言はあったものの、聞き流せる程度だった。
ただ、高校1年生のとき、化学で0点を取った。そのときの母は怒りはしなかったけれど、失望しきった目で私を見た。少なくとも私にはそう思えた。
「私は期待に応えられない子なんだなぁ」
情けない気持ちが押し寄せてきて、絶望感でいっぱいになった。
だから、5歳の娘たちには好きなようにさせている。音読の本や算数ドリルを買い与えてはいるけれど、毎日やれとかどこまで進めろとか言わない。本人たちがやりたければやればいいと思っている。
「教育こそ、親が子にあげられる最大で最高のプレゼント」。その手のフレーズを見かけると、ついつい焦ってしまう。
けれど、化学のテストを持ち帰った日のことを思い出すたび、焦りにブレーキがかかる。まずは娘たちの意思を尊重しなきゃ、と思う。重すぎる期待を寄せたくない。
一方で、生ぬるいかなぁ、あとで後悔するかなぁ、きれいごとばかりも言ってられないよね、と悩むこともある。
ああ、教育方針を定めるって、なんて大変なんだろう。子育てで一二を争う難題ではないだろうか。
祖母は、ものを大切に使う精神とか、人に優しくする心とか、たくさんの美徳を示してくれた。
ただ、こんな私だから、教育ママの血を受け継ぐのは難しそうだ。メタルフレームの眼鏡をときどきかけてはいるけれど。
