困ったおじいさんの思い出
ふと祖父のことを思い出して、YouTubeでレナウンのCMを視聴してみた。
1980年代。私が幼かった頃、テレビではかつてのアパレル大手・レナウンのCMがよく放送されていた。当時おしゃれとされていたのであろうコーディネートに身を包んだ女性たちが、華やかに踊るもの。「レナウン娘がワンサカワンサ……」というCMソングが知られている。
お姉さんたちはかわいいし、洋服もたぶん流行最先端のものだし、明るく楽しいCMだったはずなのだけれど、幼児だった私はこれがとてもこわかった。CMが流れるたび「ううう……」と怯えていたらしい。
祖父が我が家に遊びに来たときにも、私はレナウン娘たちを見て泣いたのだそうだ。それを見た祖父は、テレビ局かどこかに苦情の電話をかけようとして、両親を困らせた。
「うちの孫が泣いてるじゃないか!」とでもクレームを入れようとしたのだろうか。困ったおじいさんである。
祖父は、明治生まれの昔気質な人だった。今になってみると、その頑固さゆえに、ほうぼうで疎まれていたかもしれないなぁ、なんて思うくらいだ。
そんな祖父は、初めての内孫だった私をとてもかわいがってくれた。内孫という関係性にこだわるあたり、祖父らしい頑迷さがうかがえる。
私がPEZラムネ(キャラクターがついたラムネ菓子)を欲しいと言えば、すぐさま箱買いするほどの溺愛ぶり。たくさん並んだキャラクターの顔を見て「え、こんなにもらっても……!」と、びっくりしたのを覚えている。
ただ、私は祖父の溺愛を受け、絶対的な味方を得ることの心強さだけは思い知った。学校のテストでいい点を取れなくても、友達といさかいを起こしてしまっても、無条件で味方になってくれる人がいる。それは、もしかしたら間違った愛情かもしれないけれど、私がひとりで立つのに必要なものだった。
街に出ると、おそらく「困ったおじいさん」であろうと思わせる言動の方を見かける。嫌なじいさんだと思う前に、その方の「別の顔」に思いを馳せるのがやめられない。
少しくらい困った一面があっても、誰かの勇気の源になっているかもしれないと思って、しみじみと観察してしまう。人はきっと多面体だ。頑固すぎて扱いにくい祖父が、私にはこの上なく心強い存在だったように。
困ったおじいさんに甘やかされた、困った孫の視点かなぁと、自分で苦笑いしている。
