王道を味わったら見えてきたもの
大阪で生まれ、大阪で育った。両親のふるさとは播州で、その土地も愛しているけれど、やはり大阪の文化に色濃く影響を受けながら生きてきた。
「そのわりに大阪人としてどうなの?」と問われることがある。大阪にいても言われる。さらに、大阪以外の土地にいても大阪人としての要素を求められる。
「えっ、家にたこ焼き器、ないの?!」
東京に住んでいたとき、何度か聞かれた。
実家にも、一人で暮らしたマンションにも、結婚してから構えた新居にも、たこ焼き器はなかった。もしかしたらホットプレートにたこ焼きがつくれる替えプレートがついていたかもしれない。でも私と家族はそれを使ったことがない。
「大阪人なのに、ないの? たこ焼きつくらないの?」
そう聞かれると、申し訳なくなってしまった。私は期待される大阪人ではないのかなあ。うーん。
申し訳なさのあまり、たこ焼き用の調理器を買い、当時東京に住んでいた妹を招いた。こっそりたこ焼きパーティだ。大阪人たるもの、やっておかねばならない気がしたのだ。東京にいても。
YouTubeや動画サイトが発達していなかったから、Webでつくり方を検索したのを覚えている。その手順にしたがって、姉妹二人でたこ焼きをつくり、それぞれ配偶者と恋人にふるまった。
パーティーはもう楽しくて楽しくて。喉から笑い声が転げるように出ていく時間だった。変な形に仕上がってしまったものも、うまく球体へと成型できたものも、笑いのうちにお腹のなかに収まっていった。
「そうか、たこ焼きパーティーってこんなに楽しいんだ」。頬をあつあつのたこ焼きで膨らませながら、そう思っていた。なぜ大阪にいるときからしなかったんだろう。「たこパ」の機会を逸したまま育ったことで、とても損をしたような気になった。大阪人はこんな楽しいことを味わいつくす人たちだったのに。
以来、私はその土地で王道とされる食べものに惹かれる。香川県に行ったときは「おうどん食べるんだ」と意気込んでおいしくいただいたし、静岡ではお茶を買い込み、ついでにたくさんの苺を平らげた。食べそびれたうなぎが今でも夢に出てくるくらい執着している。
洋服でもきっとそう。オーソドックスな装いを踏まえてこそ楽しめるスタイルがある。変化形デザインは、王道を知っているから面白がれる。
一度は「らしさ」に触れ、その王道に染まったときにしか見えてこないものもあるのかもしれないなあ、と思う。ああ、またたこ焼きパーティがしたい。引越しで行方不明になってしまったプレートを買い直そう。
