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産む前のあれこれ

妊娠から出産、赤ちゃん期の育児までが綴られた川上未映子さんのエッセイ集『きみは赤ちゃん』を読んでいたら、わたし自身が妊婦だったころを思い出した。

五週目で妊娠が確認できたあと、わたしはなにから手をつけたらいいかわからず、そわそわしていた。産婦人科では「次の来院時に赤ちゃんの心拍を確認しますね」と言われた。心拍が確認できてもいないのにマタニティ雑誌を買うのは早すぎるように思えたし、かといって何事もないふりをして生活できるほど体調はよくなかった。

そんなときに不正出血があったものだから、次回の予約日を待たずに産婦人科に連絡を入れ、あわてて駆け込んだ。不安だった。

エコーをとりながら、産婦人科の先生が「あれ?」と言った。「おじいちゃん先生」なんて陰で呼ばれていそうな、柔和なお顔立ちをした年配のお医者さんだ。

(妊婦の前で「あれ?」とか言わないでー、不安になるやんかー)

わたしがさらに不安をかき立てられていたとき、先生は言った。

「ちょっとした出血じたいはこの時期によくあることで、心配する必要はありません。ただ、今見たら、双子やね」

「えっ!!」

思わず起き上がりそうになった。えー、双子。

一瞬のうちにおびただしい数の考えが頭の中を飛びまわる経験を、人生で何度かしたことがある。その一回がこのときだった。

双子って、双子って。当たり前やけど赤ちゃんを一度に二人産むってことよね? 一卵性とか二卵性とかあるよね。同級生にいた双子はそっくりやったわ。いやいや、赤ちゃんグッズも全部二つずついるってこと? いやいやいやいや、それよりもどうやって抱っこすんの? ていうか授乳なんかもどうやってしたらええの?

そういうことが、まばたきニ、三回のあいだに脳裏を走り抜けていった。

「いやー、双子ですかあ、そうかあ、そうかあ」

おじいちゃん先生は、穏やかな笑みを浮かべ、なぜかエコー写真に写った二つの受精卵の距離を測っていた。気が動転していたわたしは、計測が何のためなのかを聞きそびれてしまった。いつもなら「それってなんで測ってるんですか?」などと質問してしまうのだけれど、聞くのをすっぱーんと忘れていた。動揺ぶりが表れている。

お腹に宿っているのは双子だという事実を知った帰り道、動揺を引きずったまま、近くのロッテリアに入った。りんごジュースを注文し、妹にLINEを送った。

「なんかさ、双子らしい」

すぐさま届いた妹からの返事は、喜びに満ちていた。ちなみにこのとき、彼女も妊娠中であった。

「おめでたいわー」というメッセージを見て、お腹の中に命が二つ入っている現実をやっと受け止められた。

(よっしゃ、いろいろ準備していかないといけないな)

そう思いながら、ロッテリアをあとにした。冬の夕方で、あたりがもう薄暗かったのを憶えている。

あれから九年半ほど経ち、なんとか産んだ双子の娘たちは小学三年生になった。「今日のママの洋服、ちょっと地味やね」と指摘してくるほどにおしゃまに成長した。

わたしも母親としてぼちぼち成長できているのかな、と考えこんでしまうことがある。でも、娘たちの成長ぶりとは違い、これは育児が終わってからでないとわからないのかもしれない。

このあいだ、おじいちゃん先生の産婦人科を通りがかったら、看板に記された院長の名が変わっていた。代がわりだろうか。

さらにそこから進むと、ロッテリアも「ゼッテリア」へと名称を変えていた。

いろいろ変わっていく。わたしはもちろん妊婦のままではないし、産んだ娘たちもこれからどんどん大人に近づいていく。変わることを楽しみながら、ときには変わりっぷりに驚嘆しながら進んでいきたい。


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