Photo by
qutakuta
飲んできた泥水を見せない
めちゃくちゃかっこいい人がいる。「noteに書いていいですか」と聞けないくらい、憧れている。友人には聞けるのに、その人には聞けない。だからぼやーっとした書き方になってしまうことをお許しください。
その人は、優しくて、なんでも難なくこなすように見えてときにお茶目で、いろいろな意味で自立していて、言葉の扱いがとんでもなく上手だ。そして、相手が言いたくないことは絶対に聞かない。一歩引いて接するわけでもないのに、ぐいぐい心を押し開かない。
そんなところにずっと憧れてきた。スマート、でも熱い、でも優しい、そういう人になりたいと思ってきた。
あるとき、その人がたまたま語ってくれたことに心を打たれた。これも詳しくは書けないけれど、「ああ、こんなかっこいい人も、泥水をすするような経験をしたことがあるんだなぁ」と思わせる、苦さのにじんだお話だった。はっきりと語るわけではなく、端々にほんの少し苦労がうかがえる……、その程度のさらりとしたお話。
「そうか、この人は飲んできた泥水を見せないように生きているんだ」と思った。
つらい経験、苦しかった過去、忘れられないほど嫌な出来事。そういうつらさや苦しみを開示することで、誰かの共感を得る場面は多い。私たちは同じような苦境を味わった人に対して親しみを覚える生き物なのだと思う。
でも、それをしない人もいるんだなぁ、と感じた。
いつも楽しそうに見えた。いつも颯爽として、強い人であるように見えた。その背後にも、当たり前だけれどたくさんの苦難があったんだろうなぁと勝手に推測した。
泥水なんてどこにもなかったかのように見せる魔術師。そんな生き方も素敵かもしれない。私には当分できそうにないけれど。
こんなふうに感じたことを、忘れないためにここに記しておこうかな、と思った次第です。
