与えられていたのは、きっと私
「ママ、もう絵本読んでくれなくてもいいよ」
昨夜、5歳7か月の長女からそんな言葉が飛び出した。「えっ」と、驚きを隠せない私に、彼女はさらに言う。
「『ルドルフとイッパイアッテナ』はさ、ここんとこ以外はふりがなついてるから、自分で読めるよ」
先月から読んでいる『ルドルフとイッパイアッテナ』という児童書のことだ。思いがけず故郷を出てしまった黒猫のルドルフが、東京の街を舞台に繰り広げる冒険ストーリー。毎晩1、2章を読むペースで、もう3巡目くらいに入っている。
「ここんとこ」とは、各章の見出し部分、ふりがなのない箇所を指している。それ以外の本文にはふりがなが多くふってあるので、長女でもひとりで読み進められるのだ。
我が家では、寝かしつけのときに絵本を読むのが習慣になっている。0歳の頃、定番『だるまさんが』で絵本デビューした娘たちは、読み聞かせの時間が大好きだ。1歳の頃から、毎晩6冊の絵本を読む決まりだ。
そんなふうに過ごしていたのが一転、長女は自分で絵本を読むと言い出した。焦っているのは私のほうだ。字が読めるようになってずいぶん経ち、いろいろな本を自分で読めるようになっている双子の娘たち。昼間、ふたりで読み聞かせ合いっこをしているのも知っていた。
正直なところ「でもさ、早くない? え? え? 早いよね?」と、動揺している。読み聞かせ卒業なんて、はっきり言って嫌だ、私が。
私だって、絵本を読み聞かせる時間が大好きだ。たぶん私は、子どもらしい遊びに、娘たちといっしょに興じるのが得意ではない。もともとの子ども好きというわけでもない。そんな私にとって、絵本を読みながらの寝かしつけは、大切なコミュニケーションでもあった。
絵本の文字を目で追いながら、娘たちがとろんとする様子を視界の隅に収める。寝落ちる直前の、目が半分閉じている表情のかわいいことと言ったら。6冊すべて読み終える前に娘たちが寝てしまっても、しばらく続きを読み進めてみたり、寝顔をじっと見つめてみたり。
なんとも幸せなひとときなのだ。「娘たちのために読んであげている」つもりだったけれど、彼女たちをいつくしむ時間をもらっていたのはきっと私のほうだ。
与えていたつもりが、与えられていたのは自分だった。そんな話は世のなかにたくさんありそうだ。残り少ないかもしれない読み聞かせタイムを満喫したいし、与えられているものに気づける自分でいたい。
