見出し画像

美文を追わない心意気

書くのに工夫を重ねるって楽しいなあと、最近つくづく感じている。

仕事とは関係のない内容について書くのが、私のnoteにおけるテーマみたいになっている。仕事で求められるのとは違うことをあえて書きたくて続けている。

最初の頃に、なんとなく常体(だ・である調)で書き始めてしまった。断定的な物言いにとくに思い入れもないのだけれど、これもまたなんとなくで続けている。微妙にキャラに合っていないのはわかっていても、惰性ってそういうものだと思う。

連続投稿220日くらいの今、すっきりビシッと「決まる」文章を書くことの難しさを感じている。自分なりに起承転結を設定して書き始めても、着地がいまいち決まらないことなんて多々ある。

仕事では着地点は決まっていることが多いから、苦労のしどころがちょっと違う印象だ。

そうやって思考錯誤していたある時期、美文を書こうとするのをやめたらすーっと楽になった。美文、つまり美しい文章を書こうと意気ごむのをやめた。

もともと私に美文が書けようはずもないのに、書き始めた頃は「きれいな文章が書いてみたい」なんて夢も見たのだ。

でも、狙ったときほど、うまくいかない。その文章に酔っているのは私だけのことが多い。

この世には二種類の人間がいる。○○な人間と△△な人間だ。

この手の書き出しも玉砕がこわくて手が出せない。こういう、書き手が「決まったぜ!」と思っているだろうとわかる文章って、すごく難しい気がするのだ。決まったかどうかを判断するのは書き手ではなくて、読み手だから。

ということで、ここのところ、肩の力を抜いて書いている。また力むこともあるかもしれないけれど、noteでは自分の気持ちを素直に起こしていくことを目指したい。

がつんと意気ごまない心意気。そんなのも大切だったりして……、と今も手探りを続けている。

いいなと思ったら応援しよう!