きみの初バレンタインはクルミ味
夫はたぶん、涙ぐんでいた。全然好きじゃないクルミ入りのチョコレートを前に。何年ぶんもの感慨が、涙腺をぎゅんぎゅん緩ませにかかっていたと思う。
数日前、私と双子の娘たち(6歳)は、夫にチョコレートを渡した。世のなかはバレンタインシーズン。昔ほどの勢いはないものの、チョコレートが飛びかう頃だ。
娘たちはチョコレートを贈る風習(と言っていいと思う)について、幼稚園で聞きつけた。「ねえ、パパにあげたい!」と言い出したのは自然な流れだった。
「いいよ、じゃあママとチョコレート買いに行こう」
私はそう返し、娘たちといっしょに百貨店に出かけた。彼女たちは電車に乗るのが上手になった。電車とホームの隙間に落ちるんじゃないかと私がひやひやした日々は、もう遠い。
洋菓子売り場にたくさん並ぶ、きれいなチョコレートに目移りする娘たち。これもいい、あ、これもかわいい、なんて言っては、はしゃいでいた。
結局、買ったのはクルミとドライフルーツがふんだんに使われたクランチタイプのチョコレートだった。完全に娘たちの好みだ。
夫は甘いものが得意ではない。食べるならシンプルなチョコレートくらいで、クランチチョコレートは苦手だ。とくにクルミが嫌いらしい。私はそのことを彼女たちに言い聞かせたのだけれど、二人は聞く耳を持たなかった。まあ、いいか、仕方ない。
購入したチョコレートに、娘たちが書いた手紙を添えた。「パパだいすき」のメッセージとか、夫らしき男性の絵、ハートマークなんかが散りばめてある。
手紙つきチョコレートを手渡された夫は、ほんのひととき、動きを止めていた。バレンタインデーより何日か早かったから、予想していなかったに違いない。
何より、6歳の娘たちからはじめてチョコレートが贈られた事実に感激していた様子。
「あんなに小さかった、あの子たちが」。私がいつも感じることを、おそらく彼も感じていた。体重2500gを切る、小さめの赤ちゃんとして生まれてきた彼女たちは、体格的には10倍に成長した。おまけにおしゃまさんになって、父親にチョコレートまでくれちゃうのだ。
夫は、娘たちが誕生してから、それまで趣味としていた釣りに一度も行っていない。行こうと思えば行けたのだろうけれど、行かなかった。
「父」になった日から、夫にもたくさんの苦労があったと思う。母親業のスタート以来、私がいろいろなことで悩んできたように。22時に仕事を終えて帰宅したとたん、夜泣きする長女をドライブに連れ出してくれた日もあった。夜間授乳を担当したことはない彼も、娘たちが赤ちゃんだった頃は釣りどころではない心境だっただろう。
「この子たち、けっこうしっかりしてきたねえ」
私はそう言って、ついにやにやしてしまった。残念ながら、チョコレートはクルミ入り。でも、感慨という隠し味がきいた、ナイスなお味のはずだ。それを食べ終えたら、夫にはぜひ一泊二日の釣り旅行に出かけてもらおうと思っている。
