笑って泣いて「はい、ポーズ!」
我が家の双子の娘たちは6歳。いつのまにか、親も驚くくらいのおしゃまっぷりを発揮するようになった。
私がいつもと違うアイシャドウをつけていると「ママ、今日はおめめキラキラやね!」と褒めてくれる長女(たぶん褒めてくれているのだろうと思いたい)。
次女は私に似たのか、ヒカリモノに目がない。出かける前、身支度をする私のうしろにぴったりとくっつき、彼女はジュエリーボックスを覗きこむ。「このさぁ、ペケぽんの形をしたネックレスさぁ、次女ちゃんが大きくなったらくれる?」。
……。私の持っているダイヤモンドネックレスなんて数少ないとはいえ、もっとも高価な十字架モチーフのものを選び取るとは……! 6歳の目利き力はどこで養われているのだろう。
また、娘たちのポーズ力も目を見張るものがある。ぱっとiPhoneを取り出し、不意うちで自然な表情を撮影しようとしても、彼女たちがかわいいと思っているらしいポーズをばっちり決めてくれる。
先日、前髪を切った娘たちの写真を撮ろうとした。「写真撮るよー」と声をかけると、彼女たちは手でハートを形づくり、頭を寄せ合うポーズを披露してくれた。
こういうポージングは、やっぱり生活のなかで覚えるものみたいだ。「このポーズをしたら褒められた」「手をこう動かしたらかわいいと評価された」、その手の経験値が女性的と言われる仕草をつくっていくのだろう。
6年前、私はこんな写真を撮っていた。

懐かしすぎて焦点が合わなくなってきます(老眼……?)。
あとから見返すと「なぜこれを撮った……?」と問いかけたくなるものばかり。ブレているとか、変顔でしかないとか。たぶん私は疲れていたんだろうと思うし、彼女たちもポーズなんかに構う月齢ではない。
ただ、おそろしく早く過ぎる育児の日々を残しておかなければならない気がして、撮影ボタンを押していた。
あの頃、平日はほぼ一人で双子を見ていた。ほんとうにつらいとき、近所に住む母に応援を求めても、断られることがほとんどだったから、次第に頼らなくなった。同時授乳も、二人分の汚れものを手洗いするのも、離乳食を進めていくのも、とにかく必死だった。
当時、自治体の保健師さんがかけてくださった言葉が私を救った。「同じ月齢の二人をちゃーんと生かしているだけでもう、すごいのよ! 自分をたくさん褒めてあげてくださいね」。
iPhoneのカメラロールに収まった写真たちと、おしゃまなポーズ研究に余念のない娘たちとを見比べると感慨深くて、私の眉尻は上がったり、下がったりする。うにうにと部屋を這いずり回っていた赤ちゃんたちが、いつのまにか世間知とも言えるポーズを会得しているのだから。
娘たちの決め顔を見て、笑ってしまいつつ、にじむ涙をこらえつつ、「はい、ポーズ!」。
