トンネルの先で待っている
「自分がいちばんかわいそうな人間やと思っている人のことは、そっとしておいてあげたほうがいい」
小学生だった私に、祖父はそんな感じのことを言った。困っているように見えた友達に話しかけたら「ほっといて! あっち行って!」と言われた私が、しょげかえって帰宅したときのこと。
「そっとしといたげ。お互いのためなんや」
それから10年も経たないうちに、祖父は亡くなる。なぜそっとしておいてあげることが最善なのか、なにがどうお互いのためなのか、詳しく聞けなくなってしまった。
でも、のんきな私にも「自分がいちばんかわいそう期」は訪れる。大学生の頃は就職氷河期の終盤で、職を得るのには苦労した。絶望もした。あの頃はみんなが大変だったというのに。
また、予期せぬ事件の被害者となったことがある。
事件後の2年間ほど、私は死んだような自分の心と必死に戦った。いわれなく後ろ指さされるのをおそれて、会社には平然と通い、仕事をした。
けれど実際は、平穏な生活が壊された理不尽を恨み、いびつになった心を呪いながら生きていた。
事情を知る親友たちは心配してくれた。彼女たちは優しく、いつもあたたかい。それなのに、自分だけがつらくて苦しんでいるのだと思っていた私は、差しのべられた手を握ることができなかった。
「今はそっとしておいてほしい、ごめんね」
ただ謝ることしかできず、休日は殻に閉じこもり続ける生活の末、やっと穏やかな心持ちを取り戻せたのだ。加害者のことは、許しも忘れもしない。ただ、刑期を終えたら、私の知らないどこかで生きていってくれればいい。そう思えた。
あのとき、手を払ってしまった私を待っていてくれた親友たちには、心から感謝している。今また親しく付きあえていることが幸せだ。
自分がいちばんかわいそうだと思っていた当時、自らの傷を癒すためにも、相手を傷つけないためにも、適度な距離をおいてよかった。
私はやっと、祖父の言葉を自分のものとして理解できた。
人生は山あり谷あり。受けた傷を、誰かと手を取りあって癒していけるのなら、それに越したことはない。けれど、ひとりでしか戦えない暗闇も、この世にはある。
苦しみや悲しみは数値化できないし、相対的なものでもない。その人だけのものだ。おそらく誰にだって、つらくて苦しくて、自分がかわいそうでたまらず、まわりが見えない時期がやってくる。苦しみ、悲しみの奥には、どんなに親しい人であろうと手の届かない部分があるからだ。
誰の言葉も受け入れられないときは、無理に交わらずにおきましょう。あたたかな交流ができる日まで。
祖父が教えてくれたのは、こういうことなのだろうと思っている。
苦しむ人に手を差しのべる用意はいつでもしておきたい。一方で、時機を見極める姿勢も忘れたくない。長く暗いトンネルを抜けたとき、待っていてあげられる人でいたいのだ。
