都会の香りに帰りたい
都会に行ってきた。下見をしておきたい場所があったのだ。
朝いちばんで自宅を出、下見を済ませたらすぐに電車で引き返してくる予定だった。けれど、せっかく来たのだからと、百貨店とショッピングビルに立ち寄った。
洋服を見るほどの時間も、しばらく秋物の洋服を買う予定もない。よし、化粧品売り場に行こう。決まった品を目がけて早足で進むのとは違った時間を過ごそう。
久しぶりにゆっくりめぐった化粧品売り場は、やっぱり輝いていた。いい香りのするコーナーが多く、そこここに吸い寄せられながら歩くのも楽しみの一つ。同時に、人工的な匂いが苦手な人にはつらい空間だろうとも思う。
私も、出産以降は「香り」から遠ざかっていた。19歳で香水デビューして以来、それは生活の一部だったのに。
はじめてまとった香りはグッチの「ENVY」だった。廃番になるまで、たくさんの女性たちに支持されたと聞く。この香水に懐かしさを感じる人は、たぶん私と同世代。
次がシャネルの「ALLURE」。オードゥトワレットもオードゥパルファムも、どちらの香り方も好きで使った。その後、自分らしい別の香りを見つけようとして迷子になり、トム・フォードに走ったり、ローラ・メルシエを試してみたり。どれも素敵で、軸が定まらないまま数年過ごした気がする。
仕事のときには使わず、プライベートな時間に香りをほんのりまとうのが好きだった。つけすぎは禁物。都会で働いていたあの頃、私のなかで香りはオン・オフを切り替えるスイッチでもあった。
出産し、すっかり香りから離れてしまった。変色しそうな香水たちは引越しを機に処分した。子どもを前に洗練を香らせてもあまり意味はないと思うこともあったし、とやかく言う人がいるかもしれないし、そもそも心の余裕がなかった。名前を彫ってもらった金色のアトマイザーも、どこかに行ってしまった。
最近になって、たまに化粧品売り場をうろついては、香りの群れに胸を高鳴らせている。さりげないのに主張があって、嫌みがなく、肌にもなじむ。そんな香りを探す旅は、たしか楽しいものだった。また旅したいな。
今回はあるカウンターでムエット(試香紙)を一ついただき、持ち帰った。ふわりと漂う芳香を嗅いだ夫がひと言。
「あ、デパートの香り」
夫によると、私に香水のイメージはないそうだ。慎重につけすぎていたのか、あまり香っていなかったらしい。香りに注いだ私の労力はなんだったんだろう。
娘たちとともに過ごす賑やかなひとときも、都会で自分なりに試行錯誤した時代も、私にとっては大切なものだ。香りのあるとき、ないとき。551のCMじゃないけれど(非関西圏の方におわかりいただけるだろうか)、そういうまだら模様がいまの私をつくっていて、ときどき都会のあの香りに帰りたくなる。
