愛しのしろまめ号
身内が車を買い替えようとしている。これまで乗っていた軽自動車では車内が手狭になってきたので、普通車を購入したいと言う。その話をしていて、ふと思い出した。夫のかつての愛車はスバルの「フォレスター」だったことを。
夫が独身時代に買ったもので、アウトドアブランド「L.L.Bean」とのコラボレーションモデルだった。ボディが白で、L.L.Beanエディションだから、私たちは「しろまめ号」と呼んでいた。
私がしろまめ号とはじめて会ったのは、夫とお付き合いをするようになってすぐの頃。もう15、6年前になる。私の実家に、彼が迎えに来てくれたのだ。
当時、私は家族以外が運転する車に乗るのをこわがっていた。若い頃、車を使った事件に遭っていたから、そのトラウマみたいなものだった。
でも、いざしろまめ号が実家前に横づけされたとき、意外とこわさを感じていない自分に気づいた。緊張はしたものの、すんなり乗りこんだ。彼氏とおしゃべりしながらドライブを楽しむ。そんな時間を過ごしていることに、私自身が驚いていた。
「なんだ、平気やん」。いつのまにかいろいろなことが吹っ切れたのだと思った。にこにこと笑みを浮かべて運転席に座っている彼の存在がそうさせたのかもしれないし、実はもっと前からトラウマみたいなものは消えていたのかもしれない。
どちらにせよ、私は家族以外の人が運転する車にも乗れるようになった。
しろまめ号は、夫にとってはじめてのマイカー。東京赴任へも連れていき、メンテナンスしながら大切に乗っていた。旅行やデートはもちろん、彼が私の実家に結婚の挨拶をしに訪れたときも、結婚してからも、しろまめ号は私たちのそばにいた。
いろんなところに行った。妊婦健診に、出産のための入院に、と病院へ送ってくれたのもしろまめ号。しろまめ号がしゃべれたら「人づかいが荒いなあ」とぼやいていそうだ。
てっきり夫はスバリストなのだと思っていた。けれど、私のお腹から双子がうまれたとたん、彼はあっさりと宗旨替えし、他社のファミリー向けミニバンに買い替えた。
10年ほど乗ったしろまめ号とのお別れのときは、なぜか夫よりも私のほうがしんみりしてしまった。私にとって久しぶりに乗れた「他人の車」であり、思い入れのある車だったから。ああ、また会いたいな、しろまめ号。
そう考えると、車って、単に荷物や人だけではなく、たくさんの思いも運んでいるのだと気づかされる。いま車を購入しようとしている身内のところにも、そのうち新車とのドラマがうまれるのかなあ、なんて勝手に想像している。
