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その親切はいらないと思うとき

資料をA4用紙一枚にまとめなければならないことがある。会社員の頃も、あった。

A4用紙、ペラッと一枚。書けることは限られている。その事柄に対する自分の熱量をすべて書ききろうとすると、どう頑張っても収まらない。

「あの部分を削るとわかりにくいんじゃないか」「ほんとうの要旨だけじゃ不親切じゃないだろうか」。そんな思いが頭の中を這っていき、結局、つくる資料のボリュームが増えそうになる。いやいやいかん、A4一枚という制約がある。そこで、重要なポイントだけに絞っていく作業が必要になる。

あれやこれやと、「ほんとうに必要なこと」を見定め、書くことを絞っていく作業で邪魔になるのが親切心だ。先ほども書いたように「不親切じゃないか」という思いが私の筆をむだに走らせる。そこをぐっとこらえ、できるだけわかりやすく的確なポイントを盛り込むことだけに集中する。

「必要なこと」があらかじめ決まっている場合、そこに親切心をはさみこむことがかえって不親切になる。それに「だーかーら、A4一枚で、って言ってんじゃん」と読む人に思わせてしまったら、なんの意味もない。不親切どころか不適切だ。

私の育った環境では「丁寧に説明しつくす姿勢は親切さの表れ。それができないと不親切。人に気づかいのできない人物と見なす」みたいな価値観がどこかにあった。いろいろと気を回さなくてはダメなような。

もちろんこまやかな気づかいや親切心はとても大切だし、人との関わりをスムーズにしてくれる。私自身、人さまのご親切がなければ生き延びてこられなかったタイプだ。

けれど、それを意識するべきではない局面もある。資料づくりの途中で、おそれにも近い謎の親切心が顔を覗かせるとき、私は「いまはそれ要らない」と自分に言い聞かせる。その親切は「よけいなこと」に転化する可能性がある。

「その親切さ、いらないかもね」なんて、学校では教えてくれなかった。落ちこぼれだったから、耳に届いていなかっただけだろうか。

親切の扱いもなかなか難しい、と思いながらキーボードを叩いている。

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