妹とのつながりが生んだ私のいいところ
ふだん生活していて、駅の周辺を歩いているとどうしても思い出す人がいる。私のベレー帽を奪っていった少年のことだ。
小学校の頃から電車通学をしていた。最寄り駅で電車を降り、妹と二人、てくてくと歩いて家へと帰る。その途中、ある銀行の前を歩いていて、頭に乗せたベレー帽をびゃっと奪われたことがある。犯人(?)は、同い年くらいの男の子。通り過ぎざまに私のベレー帽をつかんでいったのだ。まさにかっさらうといった感じのすばやい動きだった。
すると、私の隣を歩いていた妹が彼を追いかけていき、華麗な跳び蹴りをくらわせたうえでベレー帽を奪い返した。その間、一分もあったかどうか。ぽかんと様子を見ていた私は、思わず「すごい!」と声を出してしまった。
私よりも一つ年下の妹は、姉に似ず運動が得意で、ちゃきちゃきした性格だ。小学校低学年の当時、すでに彼女の身長は私よりも高かった。私たちは顔が似ていないこともあり、姉妹というより友達同士に見られることもしばしば。妹は私のことを「お姉ちゃん」ではなく、名前で呼んでいた。
ベレー帽奪還以来、少年と妹のあいだにはちょっとした敵対関係ができあがるのだけれど、それはまた別の機会にお話しできたらいいなと思う。
そんなふうに、しっかり者の妹に助けられながら毎日を過ごしていた。いまだに彼女にはよく助けてもらう。そのせいか、年下だからと人を軽んじるところは私にはあまりない気がする。
先日、年下の女性に「年下の人にも丁寧に接するんですね」と言われたとき、妹のことを思い出した。相手の年がいくつか若いからといって、こちらがへんに年上ぶるのはためらわれるのだ。それは妹との関係性から生まれた感覚かもしれない。
今日も駅の近くで銀行前を通りかかり、あのベレー帽奪還シーンを思い出していた。少年が「ぶーす!」と妹に向かって叫んだとき、私の大切な妹に向かってひどいことを言うやつだと心底腹立たしく思ったことも。「強くなりたい」と願うようになった原点は、ベレー帽事件だ。
とにかく、「年下に対しても偉そうにしない」と褒めていただいて、ちょっと嬉しかった。私の数少ない美点が、大切な人との関わりから生まれたなんて。なんだか二重の意味で誇らしいなあ、としみじみしている。
