「働く」のターニングポイント
文章を書いて報酬をいただく生活を始めて、もうすぐ4年になる。おもにWebの世界で、さまざまな文章を書いてきた。
もともと会社員として働いていた私は、双子妊娠を機に退職し、いったん専業主婦になった。デキる働きウーマンでもなかったから、30代半ばを迎えて完全にキャリア迷子になっていた。心身ともに疲れ、働く意義も目標も、見失った時期だった。
この状態で双子を育てながら働くなんて、絶対に無理だと決めつけていた。
私はもう働くことはないだろう、とか、そこまで考えた。なにか明白な病気だったわけではないけれど、ちょっと病んでいたのかもしれない。
双子を出産後、2年間は育児と家事に専念した。私は家事が得意なほうではないから、家にこもる日が続くと苦しかった。娘たちはかわいい、愛しい、なのに息がつまりそう。
さらに、友人たちに比べて子どもを産んだのが遅かったから、孤独になりがちでもあった。
惑う日々のなか、ふと「ほそぼそとでもいいから働きたい」と強く思った。文章を書くのって、けっこう好きだった気がする。そう思い、あるメディアのライター募集にエントリーした。
幸いにもそのメディアに採用していただき、仕事をすることになった。いわゆるWebライターとしてのデビューだ。
オンラインミーティングやチャットツールでのやりとりはすべて新鮮で、楽しかった。人との交わり、仕事への責任感、記事という成果物を仕上げたときの達成感。いろいろな感覚がよみがえってきた。
2歳の双子を自宅保育しながらのライター業で得た初めての月収は、10万円を少し切るくらい。原稿料に消費税をのせ、源泉徴収されたものだ。「たったそれだけ?」と笑われるかもしれないけれど、2年半のブランクを経て、ようやく自分で稼いだお金だった。
対価を得たことで、身がきゅうっと引き締まる思いがした。報酬をいただくに値する仕事をしなければならない。お金を手にした喜びよりも、その気持ちのほうが大きかった。
原稿料が振り込まれたあの月末、私の「誰かと働く人生」が再スタートしたのだ。仕事上の人とのつながりも、働く意義も、生活のなかに戻ってきた。
あれから、地道に取引先を増やし、今に至る。ちょこちょこ悔しい思いもしたけれど、育児のほかにも自分なりの目標を持つことで、私の世界は広がりを見せつつある。
仕事を持つことが誰にとっても最善だとは思っていない。でも、私には必要なことであるようだ。求められるポイントを探りながら書いていく、これが苦しくも楽しい。そしてまた苦しい。私のライター生活に輪郭をつけるのは、この無限ループ。
ターニングポイントとなったあの日から、私の「働く」「書く」は続いている。ゴールはどこなんだろう、と思いながら、今日も書く。
