トトのパン屋さん〜ここは猫の街ミルミアシリーズ1-2
香ばしくてとても美味しそうないい香りがしてくる。
港町ミルミアの朝は、いつもパンの匂いからはじまる。
灰色の毛並みの猫、トトはまだ星が残る時間に目を覚ます。さっと立ち上がり、白いエプロンをきゅっと結ぶと、小さなパン屋「ひげのオーブン」の扉を開ける。
トトは、少し臆病で、とても優しい猫だった。
ある冬の朝、店の前に小さな影がうずくまっているのに気づいた。
それは旅の子猫、ミコ。薄いマントを羽織り、震えながら石畳に座っていた。
「どうしたの?」
トトは目線を合わせるようにしゃがみこみ、そっと声をかける。
「歌をうたう街があるって聞いて来たの。でも……お金がなくて」
ミコの声は小さく、今にも消えてしまいそうだった。
トトは少し考えてから、にっこり笑った。
「じゃあ、手伝ってくれる? パンは一人じゃ全部焼けないんだ」
ミコの目が丸くなる。
その日から、ミコはパン屋を手伝うことになった。粉をふるい、木の実を刻み、トトの隣で小さな歌を口ずさむ。
トトは知っていた。
パンは、お腹だけじゃなく、心もあたためることを。
ある日、嵐で壊れた漁師の家族が店にやってきた。
「今日はお金がなくて……」
トトはうなずき、焼きたての丸いパンを包んで差し出した。
「あとで、笑顔を持ってきてくれればいいよ」
ミコは驚いた顔をした。
「どうしてそんなにあげちゃうの?」
トトはオーブンの火を見つめながら答えた。
「火はね、分けても減らないんだよ。あたたかさも、きっと同じ」
やがて春が来て、ミコは広場で歌うようになった。澄んだ声は街じゅうに響き、たくさんの猫たちが足を止めた。
その夜、広場の合唱の中で、トトはアコーディオンを弾きながら思った。
——あの日、あげたのはパンだけじゃなかったんだ。
勇気も、居場所も、そして歌も。
歌い終わったあと、ミコが駆け寄る。
「トト、わたし、この街が好き!」
トトは少し照れくさそうに笑い、ひげを揺らした。
「うん。ぼくもだよ」
港町ミルミアでは、今日もパンが焼ける。
優しい火で、ゆっくりと。
そしてトトは知っている。
誰かの明日をあたためることは、きっと世界でいちばん素敵な商売なのだと。
ここは猫の街。
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