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【物語】ここは猫の街ミルミアシリーズ2-2〜カワゴンドウとノワール

港の朝、
みんなが朝食を食べ出す前から
この街は静かに動き出していました。

木箱を運ぶ音。
縄が擦れる音。
遠くで波が砕ける音。

ノワールは、無言で荷を担いでいました。
その姿はもう“旅の影”ではなく、港の一員でした。

「おい、後ろ危ないぞ!」

ガルフの声。

振り向くと、大きな魚の入った箱が傾いていたのです。

ノワールは一歩で間に入り、肩で受け止めました。

「……重いな」

「危なかったな!よく支えたなあ!」

ガルフは豪快に笑い、箱は無事魚屋へ向かいました。


港の仕事もひと段落した頃、
ミコがやってきました。

「あ、ノワール!おはよう!」
「おはよう」
「えへへ、海いいよね。時々無性に見たくなるんだよね。」

時々こうしてやってきては
潮の匂いを嗅ぎ
波を観察し
ノワールと話したり、
レオと走り回って遊んだりしていました。

「…ねえ!あれなに!」
指先の方へ目を向けると
波と波の間に
何かつるんとした…
灰色の…?

「…なんだろう?」
ノワールにもわかりませんでした。

「なんか…こっち見てる?」
「かわいい!」

少し離れたところに出現したその何かは
こちらを伺うように見ています。

ぽちゃん
「あ!」
「…見えなくなったな」


広場が賑わい始めた頃、
ミコとノワールはトトと古道具屋へ向かっていました。

「さっき港でみたの!」
「何を?」
「なんか!わかんないけど、こっち見てたの!」

「…ああ、海の中からこっちを見てる奴がいた。猫じゃない」
「へー。なんだろうね?」
「あとで絵をかくね!」


なんでこんなところにあるんだろう?
風呂桶が落ちていたり
軍手が落ちていたり
片っぽだけの長靴が寂しそうにぽつん

そんな少し寂しい細い路地をぬけて
古道具屋へたどりつきました。

傾いた看板、
半開きのドア、
薄暗い店内。

ノワールは恐る恐る覗き込みますが
トトとミコは躊躇うことなく
さっと入っていきました。
慌てて2匹に続くと

「いらっしゃいませー!」
店の雰囲気とは不釣り合いな元気な声。

「エイベルー!きたよ!鉛筆と紙かしてー!」
とミコ。
「おー、いいよ。ちょっとまってね。…どうぞ!おえかき?」
「ちょっとね!」

トトがこの店の主人であるエイベルにノワールを紹介したり、
店内を物色したり
世間話をしていると

「できたよ!」 
ミコが書いた絵を見せます。

「…これが今朝見た奴?」
トトはノワールに聞きます。

「…あー…まあ、大体こんな感じだったけど…」
と言って

「もっと…こうかな」 
とさらさらと鉛筆を滑らせました。


「上手ー!そうそう!こんな子!」
「へー!珍しいな。カワゴンドウだよ。」
「エイベル知ってるの?」
「ああ。前人間の世界にいた時に図鑑で見たよ。滞在してた家の小さい人間がよく見ててね。」
「へー!」


古道具屋を出るころには、空はすっかりオレンジに染まっていました。

「ねえ、見にいこうよ!」
ミコが言います。

「さっきの子!」

トトは少し考えてから、うなずきました。
「そうだね」


港の音色は朝とは違って
やわらかな波の音にかわっていました。

「このへんだったよね!」
ミコが身を乗り出します。

ノワールは、静かにうなずきました。
「……ああ、このあたりだ」

しばらく、誰も何も言いません。
ただ、波の音を聞いていました。

そのとき——
ちゃぷん

「あ」
ミコが、小さく声をあげます。

ゆっくりと、顔を出します。
灰色で、つるんとした、大きな生き物。

「……いた」
トトが、静かに言いました。

朝と同じ。

ミコは、一歩前に出ます。
「こんばんは!」
元気な声。

波が、ふわりと揺れました。
返事はありません。
けれど、
その場から離れようとはしませんでした。

ノワールは、その様子を見つめながら、
ゆっくりと口を開きます。

「……この街は」

少しだけ、言葉を選びながら。

「変わっている」

トトが、やわらかく笑いました。

「そうかもしれないね」

ノワールは続けます。

「でも——悪くない」

その言葉に、ミコがぱっと振り向きました。

「ねえ!」
そして、また海の方へ向き直ります。
「ここにいればいいよ!」

カワゴンドウを見つめて、言いました。
「気に入ったなら!」

風が、そっと吹きます。

トトは何も言わず、ただ静かに立っています。
その姿は、どこかあたたかくて、

やさしくて——
ノワールは、少しだけ目を細めました。

自分が、この街に来たとき。
言葉は多くなかった。
でも、
ちゃんと、居ていいと言われた。

カワゴンドウは、しばらくこちらを見ていました。

やがて——
——ぐぅん……

低く、やわらかな響き。
波が、広がります。

言葉じゃなくてもいい。
うまく伝えられなくてもいい。

ちゃんと、届く。

空を見上げると、
ひとつめの月のとなりに、もうひとつが浮かびはじめていました。

波の音。
風のにおい。

カワゴンドウは、静かに海に溶けるように姿を消していました。
でもノワールはまた会えるような気がしていました。

やわらかな夜が、街を包みます。

ここは猫の街。


ここは猫の街シリーズ1-1はこちら↓

ここは猫の街シリーズ1全20話はマガジンにまとめました↓


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