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【物語】ここは猫の街ミルミア1-20〜ここは猫の街

インクが、そろそろ切れそうだった。

書きかけのノートを前に、私は小さく息をつく。
気づけば、ページはもう残りわずかだ。

ここまで書いてきたこの物語も、あと少しで終わる。

——最後まで、きちんと書き残したい。

そう思って、私は席を立った。

今日は、新しいインクを買いに行こう。
行き先は決まっている。

銀河文具店。
私が何度も足を運んできた、お気に入りの店だ。


外に出ると、ミルミアの空気はいつも通りやわらかい。
通りを歩くだけで、いくつもの小さな出来事とすれ違う。

「おっ、リンゴスキー!」

元気な声に振り向くと、ガルフが大きく手を振っていた。

「どこ行くんだ?」

「インクを買いにね。切らしてしまって」

そう答えると、ガルフはにやっと笑った。

「おっ、いいじゃねえか。でさ——俺の話、ちゃんと書けたか?」

「さて、どうだろうね」

「おいおい、そこは“最高にかっこよく書いた”って言うとこだろ!」

豪快に笑いながら、ガルフは近くにあった魚をひょいと持ち上げた。

「ほら、持ってけ!書きもんには腹ごしらえが必要だろ!」

「いや、それはさすがに——」

「いいからいいから!」

半ば押し切られる形で、私は魚を受け取ることになった。

「……ありがとう。ありがたくいただくよ」

「おう!いい話、頼むぜ!」

手を振るガルフに見送られ、私は再び歩き出す。
ああいうやり取りも、この街らしい。



少し進むと、今度はマダムリリイと出会った。

「まあ、リンゴスキー。今日はどちらへ?」

「銀河文具店へ。インクを買いに行こうと思いまして」

そう言うと、マダムリリイはやわらかく微笑んだ。

「あのお店、あなたのお気に入りだったわね」

「ええ。落ち着く場所なんです」

「そういう場所があるのは、とても素敵ね」

短い会話のあと、別れ際に——
マダムリリイはそっと一輪の花を取り出した。

「はい、これ」

「これは……?」

「あなたに」

そう言って、私の胸ポケットにその花を差し込む。

「あなたの夢を、応援しているわ」

一瞬、言葉が出なかった。

「……ありがとうございます」

ようやくそれだけを返すと、マダムリリイは満足そうに微笑み、ゆっくりと去っていった。

胸元に、ほんのりとやさしい香りが残る。


——不思議なものだ。


少し歩くだけでみんなに支えられていると感じる事ができる。
言葉は少なくとも。

そんなことを思いながら歩いていると、

「リンゴスキー!」

軽やかな声が、後ろから飛んできた。

振り向くと、ミコがこちらへ駆けてくるところだった。

「こんなところで会うなんて、めずらしいね」

「うん!どこいくの?」

「銀河文具店へ。インクを買いにね」

そう言うと、ミコの目がぱっと輝いた。

「えっ、いいな!あのお店、すごくきれいだよね」

「行ったことがあるのかい?」

「うん、トトについていって何回かだけ。
メモ用の紙とかインクとか買うときにね」

ミコは少しだけ背伸びするように続ける。

「なんか特別な場所って感じがして……すごく好きなの」

「そうか。それはいいことを聞いた」

「ねえ、一緒に行ってもいい?」

「もちろん。こちらこそ大歓迎だよ」

「やった!」

ミコは嬉しそうに笑って、私の隣に並んだ。


二人で並んで歩く道は、どこか少しだけにぎやかになる。

やがて見えてきたのは、見慣れた店の姿。

銀河文具店。

静かに佇むその店は、やはり文具屋というよりも——
まるで、鉱石を集めた小さな博物館のようだった。


扉を開けると、かすかに澄んだ音が鳴った。
銀河文具店の中は、外から見るよりもずっと静かで、 そして、どこかひんやりとしている。

棚には、小さな瓶がいくつも並んでいた。
そのひとつひとつが、まるで鉱石のように光をたたえている。

深い青、やわらかな琥珀色、淡くにじむような紫。 光の角度によって、色はゆっくりと表情を変える。

「……やっぱり、きれい」
ミコが小さく息をもらす。

「うん。何度来ても、そう思うよ」

私はそう答えながら、棚に並ぶインクをひとつ手に取った。
ガラスの瓶の中で、液体が静かに揺れる。

試し書き用の紙に、そっとペンを走らせる。
すると—— ふわりと、やさしい香りが立ちのぼった。

「わ……!」
ミコが顔を近づける。

「これ、なんだか……今日みたいな匂い」

「今日みたい、か」

たしかにそれは、どこか落ち着く香りだった。
ほんのりと温かくて、やわらかい。

さっきの道のり。 交わした言葉。 受け取った魚と、胸元の花。
そんなものが、ふと重なってくる。

別のインクも試してみる。
こちらは少し甘く、
あちらは雨上がりのように静かで、
また別のものは胸の奥が少しだけきゅっとするような香りだった。

「不思議だね」
ミコがつぶやく。

「うん。どれも違うのに、どれも“なにか”に似ている」

私は小さく笑った。
書いたことそのものは、言葉として残る。
けれど—— そのとき、何を感じていたのかまでは、 言葉だけでは残しきれない。
この銀河文具店のインクはそういった表しきれなかった思いを読むものに感じさせてくれる不思議なインクだった。

「ねえ、リンゴスキーはどれにするの?」
ミコが見上げてくる。

私は少しだけ考えて、棚を見渡した。
どれも魅力的だ。
どれも、この街の出来事にふさわしい気がする。

けれど—— 私は、ひとつの瓶を手に取った。
派手な輝きはない。
けれど、光にかざすと、やわらかく色が揺れる。

「これにするよ」
「それにしたんだ」
「うん」

私はうなずく。

「このインクなら、大切な思いも伝えてくれる気がするんだ」

ミコは少し考えてから、にこっと笑った。

「そっか。じゃあ、それがいいね」

会計を済ませ、店を出る。
外の空気は、少しだけあたたかく感じた。


「ねえ、リンゴスキー」 
ミコがくるりとこちらを向く。

「今日、うちに寄ってってよ! お茶しようよ!」


「それはいいね。お邪魔しても大丈夫かな」

「うん、大丈夫!」
ミコはそう言って、少しだけいたずらっぽく笑った。

「……トトには、ちょっと早くお店閉めてもらおうっと」

「それは、いいのかな」

「大丈夫だよ!」

どこか楽しそうに言い切って、ミコは歩き出す。

——トトがミコを可愛がってるのがよくわかる。


やがて家に着くと、ミコは勢いよく扉を開けた。

「ただいまー!」
少しして、奥からトトが顔を出す。

「おかえり、ミコ。……あれ、リンゴスキー?」

「うん!来てもらったの!」
ミコはくるりと振り返って、にこっと笑う。

「ねえトト、今日はちょっとだけ早くお店終わりにして、 一緒にお茶しようよ!」

トトは一瞬だけ考えるような顔をして—— やがて、ふっとやさしく笑った。

「……そうだな。たまにはいいか」
「やった!」

ミコは嬉しそうに手をぱたぱたとさせる。
そんな様子を見て、私は小さく目を細めた。

しばらくして、いつものようにお茶が用意される。
湯気の立つカップ。
ゆっくりと流れる時間。

今日あったこと。 少し前の出来事。
誰かが誰かにした、やさしいこと。
そのひとつひとつを、私は静かに聞いていた。


家に帰るなりノートを開く。
ペン先に、新しいインクを含ませる。
そして、書きはじめる。

インクが、そろそろ切れそうだった。

その一行を書いたとき、 ふわりと、やさしい香りが広がった。
それはきっと、今日という一日の匂いだった。
この街の、ささやかで、やさしい出来事の匂い。

ページの上に、言葉が重なっていく。

この街は、私にとってどうしようもなく魅力的な場所だった。
子どもの頃から、この街が大好きだった。

いつからかここで起こる出来事や、暮らしている猫たちのことを、
書き残しておきたいと思うようになった。

私はそれを書き留める。

忘れないように。
できればまだこの街を知らない見知らぬ猫に知ってもらうために。

ふと、さっきのことを思い出す。

ミコの笑い声。
あたたかいお茶の湯気。

そして——

ここは猫の街。
この物語は、きっとまだ続いていく。

「ここは猫の街シリーズ1」 完



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