才能|「いのり いきる いのち」メッセージBOOKより
2024年6月。
熊本にある幣立神宮を訪ねました。
九州のへその位置する、知る人ぞ知るパワースポットです。
鳥居の前に立つと、
その先の空気が、すっと変わるのを感じます。

鹿児島からは、車で3時間ほど。
ずっと気になっていた場所でしたが、
ちょうどその方面に行く用事ができて。
こういうのをきっと、
「呼ばれた」と言うのかもしれませんね(笑)
参拝客も多い神社なのですが、このときは、なぜかひとりの時間がありました。
偶然にも、宮司さんが祈祷の準備をされていて、わたしがお参りすると、鈴を鳴らしてお祓いをしてくださって。
静かに、空気が整っていくような感覚がありました。
そしてそのあと、
心のままに、さらに奥へと進んでいくと。
本殿の裏にある杉林の階段の先に、
「東御手洗社(東水神宮)」があります。

そこには、
八大龍王が鎮まるとされ、
水神様として祀られています。
このメッセージは、その場所で、八大龍王に意識を合わせたときに受け取りました。

光の粒を見つけるのです
あなたが信じれば見えます
花のように
星のように
あなたの中にもあります
そのとき、強く伝わってきたのは、
「流れを止めてはいけない」ということ。
言葉にできないときは、
想いをのせて祈りなさい。
言葉にならなくてもいい。
色でもいい。
とにかく、外に出すこと。
あのときの自分は、
うまく言葉にできないものを
内側に溜め込んでいました。
泣ききれない。
言葉にできない。
でも、何かがずっと詰まっている感覚。
自分のエネルギーや力を、
うまく使えていないような状態でした。
でも、それは
「出してはいけない」と
どこかで止めていたから。
弱音を吐いてはいけない。
泣いてはいけない。
助けてと言ってはいけない。
そんな思い込みが、
流れを止めていたのだと思います。
感情も、言葉も、
すべてはエネルギー。
本来は流れていくもの。
だから、
泣いてもいい。
崩れてもいい。
言葉にならなくてもいい。
ただ、外に出していくこと。
それだけで、
内側は少しずつほどけていきます。
そして、そのとき感じたのは、
「自由」という感覚でした。
子どものように、
素直に感情を出すこと。
遊び心。
楽しむ心。
面白がる心。
「生きる」とは、
笑って、泣いて、
そのすべてを味わうこと。
MINIさんは、この詩を受け取ったとき、
次のように感じたそうです。
喜びも、悲しみも、
どちらも成長の糧になる。
けれど
「こうでなければいけない」と
自我にとらわれた瞬間、
その自由さや遊び心から離れてしまう。
子どものように、
素直に感情を出すこと。
本音から流れた涙は、
内側をやさしく濾過し、
見えなかった「光の粒」を
もう一度映し出してくれる。
この絵に描かれているのは、
命が生まれる前のような、
やわらかく包まれた世界。
まだ何者でもないけれど、
すべてを持っている存在。
外側に広がる光は、
これまでの時間や記憶、
そして可能性そのもの。
才能とは、
何か特別なものではなく、
すでに内側にある
「光の粒」に気づくこと。
それは、どこにいても
どんなことをしていても、
必ず自分へと還ってくるもの。
あなたが惹かれるものは、
すべて、あなたの中から放たれた光。
それをもう一度、
自分の中へと還し、
循環させていくだけでいい。
もし今、
何かを抑え込んでいるなら。
言葉にならない想いがあるなら。
うまくできなくてもいいから、
ほんの少しだけ、外に出してみる。
そこから、
あなたの中にある光は、
また動き出していきます。
そしてきっと、
本当はもう気づいているはず。
あなたの中に、
すでにそれがあることを。

この作品を、ひとつの小さな本としてまとめています。
必要な方に届きますように。
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