もしも、大手マンガ出版社の経営者なら、どうしますか
日本の漫画とアニメが、世界でこれほど評価された時代はありません。
海外で日本の作品が見られ、グッズが売れ、ゲームになり、イベントが開かれています。政府もコンテンツ産業を、日本の次の輸出産業として育てようとしています。
ところが、少し不思議なことがあります。
その作品を最初に見つけ、作家と一緒に育ててきたマンガ出版社が、世界的なIPビジネスの中心にいるようには、必ずしも見えないのです。
マンガ出版社は、作家を発掘します。企画を考え、連載を立ち上げ、何年もかけて読者を増やします。
最も不確実で、最も失敗の多い部分を引き受けています。
しかし、作品が売れてアニメになると、利益の主戦場はいきなり出版社の外へ移っていきます。
アニメ、映画、配信、ゲーム、商品化、イベント、海外ライセンス。そこでは、アニメの製作委員会、映像会社、広告会社、ゲーム会社、配信会社などの影響力が大きくなります。
出版社にも原作使用料や出資配当は入ります。アニメがヒットすれば、単行本も売れます。
ただ、作品が世界的な成功を収めたとき、その経済価値のどこまでを出版社が取れているのか。
ゼロイチの原作を大いにリスペクトして止まない私には、まだまだ、適正とは言えないレベルで、かなり取りこぼしているように思えてしまいます。
そこで、仮に私が大手マンガ出版社の経営を任されたら、何をすべきかを考えてみました。
もちろん、実際に経営されていらっしゃる皆様は、とっくにこの程度の打ち手は思い浮かべていらっしゃるでしょうし、まだ始めたばかりだったり、すでに実際に試そうとしたけどうまくいかなかったり、なかなか動きづらい固有の事情があったりするということは、十二分に理解したうえでの頭のトレーニングでありますこと、予めご了承ください。
結論から言えば、資金力に任せて、いきなりアニメ制作会社を複数買収することはいたしません。
まず、出版社を「本を売る会社」から、「作品IPを世界で運営する会社」へ作り替えます。
そして、そのために最初に手をつけるのは、成果を上げ続けている編集部ではありません。
ライツ部門、版権部、二次利用窓口です。
選択肢は、アニメへの進出だけではありません
出版社がIP収益を増やそうとすると、一般的には次のような選択肢がリストアップされます。
アニメ制作会社を買収する
有力スタジオと資本提携する
製作委員会への出資比率を高める
海外配信や商品化の窓口を取る
ゲーム会社へ出資する
どれも間違いではありません。
特に海外では、アニメが圧倒的な集客装置になっています。アニメ制作へ深く関与することには、十分な意味があります。
ただし、アニメ会社を持てば、出版社が自動的に儲かるわけではありません。
アニメ制作は、人材、納期、品質、外注、設備、制作費という大きなリスクを抱える事業です。制作会社を買収しても、優秀なクリエイターが残るとは限りません。
制作本数が増えても、赤字作品が増えれば意味がありません。
私は、出版社の選択肢を次の二つに分けて考えます。
方向A:アニメ化後の利益へ深く入る
製作委員会への出資、アニメ制作、配信、ゲーム、商品化など、既に存在するアニメ経済圏の取り分を増やす方法です。
方向B:アニメ化前から出版社自身がIPを動かす
漫画の段階で、商品、広告、短尺動画、3D、ゲーム素材、アバターなどを作り、出版社側で独立した売上を立てる方法です。
図にすると、現在はおおむね次のようになっています。
現在の一般的な流れ
漫画の連載・単行本
↓
アニメ化
↓
┌─────┬─────┬─────┐
配信 商品化 ゲーム
映画 イベント 海外展開
└─────┴─────┴─────┘
↓
利益と顧客データが、映像側へ集まりやすい私が作りたいのは、こちらです。
原作主導のIPモデル
┌ 原作商品
├ 企業広告
漫画・編集力 ─┼ 短尺動画
├ 2D・3D・アバター
├ ゲーム素材
└ 海外ファンデータ
↓
アニメ化
↓
映像・ゲーム・商品・海外展開を統合運営アニメ化されるまで何もしないのではなく、アニメ化前から出版社自身が作品を事業として動かします。
そのうえで、世界的に伸びる可能性が高い作品には、アニメへ大きく投資します。
この順番です。
ただし、海外ではアニメが「本編」です
ここは、日本の出版社が自分たちに都合よく考えてはいけないところです。
日本では、漫画が原作で、アニメはその映像化と認知されます。
しかし海外のファンにとっては、順序が逆になっていることも珍しくありません。
先にアニメを見ます。
そこで作品を知り、キャラクターを好きになり、ゲームやグッズを買います。そこで漫画の存在を知る人もいれば、最後まで漫画を読まない人もいます。
つまり、海外ではアニメが事実上の本編になっているのです。
この環境で、「原作漫画のIPを自社で活用すれば、出版社だけで世界に勝てる」と考えるのは、少し無理があります。
漫画の海外配信は伸びています。公式の多言語サービスも増えました。
それでも、漫画には翻訳、課金、流通、読書習慣という壁があります。
アニメは、字幕や吹き替えを付ければ、配信サービスやテレビ、YouTubeを通じて、はるかに広い層へ届きます。
したがって、私もアニメを敵として見做すことはありません。
アニメは、世界で作品を知らしめる最強のマーケティング装置です。
問題は、アニメ化した瞬間から、作品の顧客、商品、海外データ、キャラクター資産まで、ほとんど映像側へ寄ってしまうことです。
出版社が目指すべきなのは、「原作版」と「アニメ版」の縄張り争いではありません。
原作を起点にしながら、アニメを最大限に利用し、作品全体の経営権を持ち続けることです。
私は、これを「原作版IP」ではなく、原作主導IPと呼びます。
私なら、アニメ化前に「IPマスター」を作ります
通常ケースでは、出版社は、漫画を連載し、人気が出たところで、アニメ会社やゲーム会社から企画が来るのを待ちがちです。
私なら、待ちません。
連載が一定の段階に達した作品について、出版社側で「IPマスター」を作ります。
例えば、次のようなものです。
作品の基礎情報
キャラクターの性格
口調や一人称
人間関係
世界観
時系列
固有名詞
禁止表現
ブランド上避けるべき利用
商業利用できる素材
基本の立ち絵
表情や衣装の差分
SDキャラクター
ロゴ
広告用素材
季節ごとの素材
Live2D
公式3Dモデル
ゲーム用データ
海外利用のための情報
多言語表記
名前の発音
翻訳ガイド
地域別の注意事項
国別ファンデータ
キャラクター人気
SNS上の反応
出版社がこうした資産を持っていれば、アニメ会社もゲーム会社も、作品をゼロから作り直す必要がありません。
企業が広告に使う場合も、原作者へ毎回描き下ろしを依頼せずに済みます。
出版社は、「権利を持っています」という会社から、「すぐ使えるIP商品を持っています」という会社になります。
これは、かなり大きな違いです。
実はこの程度のアイデアはすでに多くの大手プレーヤーは検討済みで、一部は着手済みでしょうが、現場担当にこれをリスクとして躊躇させない経営の後押し、評価基準が重要となります。
原作者を二次利用の下請けにしてはいけません
原作IPの活用を増やすとき、注意すべきことがあります。
原作者の負担です。
企業広告のために新しい絵を描いてほしい。グッズ用のポーズがほしい。海外向けに別衣装を描いてほしい。
これを繰り返せば、連載中の作家は疲弊します。
IP事業を拡大するほど、原作者の仕事が増える仕組みでは、事業として広がりません。
私なら、原作者には次の部分へ集中してもらいます。
キャラクターの基本設定
世界観の重要部分
ブランドガイドの承認
大型案件の最終確認
日常的な素材制作や広告向けの調整、簡単な監修は、出版社側の専任チームで処理します。
作品を最も理解している編集者と、商業利用の専門家、デザイナー、映像担当者が組み、原作者の世界観を崩さずに展開する体制を作ります。
原作者の権利を守ることと、全ての作業を原作者へ戻すことは、同じではありません。
短尺動画を、アニメ化前から世界へ流します
海外でアニメが入口になる以上、原作主導のIP事業にも映像が必要です。
ただし、テレビアニメの廉価版を作るわけではありません。
私なら、15秒から60秒程度の短い公式動画を継続的に出します。
キャラクターの日常
表情やリアクション
短いやり取り
季節の出来事
商品や企業とのコラボ
言葉を使わなくても伝わる映像
TikTok、YouTube Shorts、Instagram Reelsなどで配信します。
目的は、動画の広告収入ではありません。
どの国で反応が出るのか。どのキャラクターが人気なのか。漫画へ送客できるのか。グッズが売れるのか。
アニメ化の前に、小さく検証するためです。
出版社はこれまで、数億円規模のアニメ化が決まるまで、作品を世界へ映像で発信する対応には、あまり積極的ではありませんでした。
しかし、今は違います。
数十秒の動画でも、世界の反応を見ることができます。
テレビアニメを作る前に、何がウケるのかを知る。
ごく一部にでも、動きのあるコンテンツとした際の魅力、世界観を認知させる。
経営として考えれば、極めて自然な話です。
最大のネックは、実は「版権担当」かもしれませんよ
ここまでの話は、考え方としてはさほど目新しいものでもなかったことでしょう。
しかし、それでも実際に動かそうとすると、社内の思わぬ場所でスタックしがちと予想されます。
ライツ部門、版権部、二次利用窓口です。
出版社とのライセンス取引については、業界内で次のような不満を聞くこともあります。
返事が遅い
誰が決定者なのか分からない
判断まで何か月もかかる
前例がない案件は進まない
担当者によって基準が変わる
小規模案件は相手にされない
「作品を使わせてあげる」という空気を感じる
もちろん、特定の出版社や担当者について、外部から一方的に断定することはできません。
持ち込まれる企画の質が低い場合も多いでしょう。作品や作家を守るため、厳しい判断が必要なこともあります。
ただ、こうした評判が生まれやすい組織構造は確かにあります。
従来のライツ部門は、商売を作る営業部門というより、権利事故を防ぐ管理部門として発達してきました。
著作権を守る。原作者に確認する。既存契約との衝突を防ぐ。ブランドを傷つけないように監修する。
どれも必要な仕事です。
しかし、管理と営業を同じ部署に持たせると、担当者はどうしても保守的になります。
新しい案件を通して問題が起きれば、責任を問われます。
反対に、断ったことで失った売上や海外展開の機会は、社内では可視化されません。
それなら、断る方が安全です。
これは担当者個人の性格ではなく、組織の設計の問題です。
私なら「売る部署」と「守る部署」を分けます
ライツ部門を責めるだけでは、何も変わりません。
私なら、機能を明確に分けます。
IP事業開発部門
・企業営業
・海外営業
・ゲーム、デジタル営業
・商品企画
・新規利用先の開拓
・売上責任
↓審査依頼
権利管理部門
・契約
・著作権管理
・原作者との調整
・ブランド審査
・監修
・ロイヤリティ管理
売る部署と守る部署を、同じKPIで評価してはいけません。
IP事業開発部門には、次の数字を意識させます。
新規ライセンシー数
新規ライセンス売上
海外売上
小口案件の売上
問い合わせへの回答時間
企画承認までの日数
継続契約率
休眠作品の稼働率
顧客満足度
権利管理部門には、契約事故、監修品質、処理速度、原作者との関係維持などです。
そして、外部企業に対して、サービス水準を明示します。
例えば、
一次回答は2営業日以内
企画の可否は10営業日以内
標準監修は5営業日以内
小規模案件は定型契約で対応
一定金額以下は現場へ決裁権を委譲
といった形です。
海外企業にとって、最も困るのは、使用料が高いことではありません。
返事が来るか分からないことです。
作品がどれほど魅力的でも、契約まで半年かかれば、その企画は他のIPへ移ります。
製作委員会では、出資比率より「窓口」を取りにいきます
出版社がアニメの利益を増やそうとすると、製作委員会への出資比率を上げる話になりがちです。
もちろん、出資比率は重要です。
ただ、私なら出資比率だけでは判断しません。
例えば、出版社の出資比率が10%から30%に上がっても、商品化、ゲーム、海外ライセンスの窓口を他社が持っていれば、出版社の利益は委員会配当に限られます。
逆に出資比率が低くても、出版社が次のものを持っていれば、継続的に収益を取れます。
原作版の商品化
原作版の企業広告
出版社EC
出版社が作った3Dモデル
キャラクター人格データ
海外漫画との連動施策
ファンの購買・行動データ
私が交渉で重視する順番は、次のようになります。
原作側に残す利用領域
商品やサービスの窓口権
国内・海外の地域分担
顧客データの共有
承認期限
続編やスピンオフの条件
出資比率
製作委員会へ多く出資すれば主導権を取れる、というほど単純ではありません。
権利、顧客、データを持たないまま出資額だけ増やせば、アニメ制作のリスクを多く負担するだけになる可能性もあります。
大ヒット作品より、中堅作品に投資します
出版社がIPビジネスを考えると、どうしても大ヒット作品へ目が向きます。
しかし、私なら最初に狙うのは、必ずしも最大のヒット作ではありません。
次のような作品です。
単行本が一定数売れている
固定ファンがいる
キャラクター人気がある
SNSで反応がある
アニメ化はまだ決まっていない
権利関係が比較的単純
原作者が二次利用に前向き
アニメ化される上位作品は、何もしなくても映像会社や配信会社から声がかかります。
本当の機会は、その一段下にある大量の中堅作品です。
累計数十万部から100万部弱で、十分なファンがいる。しかし、テレビアニメへ数億円を投じるには少し足りないかもしれない。
この層は、現在、紙と電子の単行本以外に大きな収益源を持っていません。
しかし、濃いファンに支持されているケースも多く、短尺動画、企業広告、ゲーム内コラボ、アバター、音声商品であれば、アニメより小さな投資で試せます。
私なら、まず10作品を選びます。
一作品へ全てを賭けず、10作品へ段階的に投資します。
10作品へ小規模投資
↓
SNS・海外・商品販売を検証
↓
反応のよい3作品へ追加投資
↓
1~2作品をアニメ・ゲームへ本格展開
10作品すべてを成功させる必要はありません。
2作品が大きく伸び、3作品が損益均衡、残りが赤字でも、全体で利益が出ればよいのです。
これは出版編集というより、ベンチャー投資に近い発想です。
作品ごとの単年度採算ではなく、IPポートフォリオ全体で見る必要があります。
各社を見ると、持っている材料はすでにたくさんあります
大手出版社は、何も持っていないわけではありません。
むしろ、材料はかなり揃っている、すごい存在です。
KADOKAWAは、アニメ制作会社、ゲーム、Webサービス、海外ライツを持ち、垂直統合で先行しています。
講談社は、企業向けのマンガIP提案を積極化し、海外での映像企画開発にも踏み込んでいます。
小学館と集英社には、ShoProという大規模なライセンス運営基盤もあります。
集英社は、MANGA Plusを通じて世界の漫画読者と直接つながり、ゲームや漫画アートにも進出しています。
足りないのは、新しい会社や部署を作ることだけではありません。
これらを作品単位でつなぎ、誰がIP全体の経営責任を持つのかを明確にすることです。
編集、ライツ、アニメ、ゲーム、海外、データが、それぞれ別の事業として動いている限り、IP全体の最適化はできません。
私なら、重点作品ごとに「IPプロデューサー」を置きます。
その人が、
漫画
アニメ
ゲーム
グッズ
海外
デジタル
データ
を横断して、作品全体の事業計画と損益を持ちます。
編集長でも、版権担当者でも、アニメプロデューサーでもありません。
作品を一つの会社のように経営する人です。
出版社は、ディズニーやサンリオをまねる必要はありません
マンガ出版社は、ディズニーやサンリオのようなIP企業になるべきだ、とよく言われます。
方向性は理解できます。
ただ、日本のマンガ出版社は、そのどちらとも違います。
ディズニーは、映像を起点にIPを展開します。
サンリオは、キャラクターそのものを起点に展開します。
マンガ出版社が持っている強みは、長い物語です。
キャラクターが出会い、失敗し、成長し、人間関係が変わっていく。何年にもわたって、読者との関係を積み重ねられます。
これは簡単にまねできるものではありませんし、他には見当たらない強みです。
マンガ出版社が目指すべきなのは、ディズニーの小型版でも、サンリオの物語版でもありません。
漫画を起点に、アニメ、ゲーム、商品、広告、デジタル体験を世界で動かす、日本型のストーリーIPカンパニーです。
漫画は、アニメ会社へ渡す原料ではありません。
アニメも、ゴールではありません。
作品をどの国で、どの媒体を使い、どの順番で育て、何年稼働させるのか。
その判断を、出版社自身が持つ必要があります。
海外では、アニメが本編になります。
だからこそ、アニメは積極的に活用します。
ただし、作品の顧客、データ、キャラクター資産、将来の利用権まで、全て映像側へ渡す必要はありません。
アニメ化される前から、出版社が作品を動かしておく。
短い動画を出し、商品を作り、海外の反応を確かめ、企業との取引実績を作っておく。
その実績があれば、アニメ化するときの交渉も変わります。
出版社が取り戻すべきものは、数%のロイヤリティではありません。
作品を、いつ、どこで、誰と、どのように事業化するかを決める力です。
仮に私が大手マンガ出版社の経営者ならば、アニメ制作会社の買収を検討する前に、自社の版権窓口へ一度、外部企業を装って問い合わせてみます。
返事は何日で来るのか。
誰が判断するのか。
前例のない企画に、どのように向き合うのか。
そこで失望するようなら、世界戦略を語る前に、直すべき場所は明らかです。
日本のマンガ出版社には、世界で勝てる作品があります。
問題は、作品の力ではありません。
その作品を世界で事業として動かす会社になれるかどうかです。
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