初恋は終わっていなかった:石橋夕帆監督『ひとりたび』作品評

■同世代の三人が作った映画
1990年生まれの石橋夕帆監督、1988年生まれの上村奈帆脚本、1991年生まれの岡本玲主演。本作はこの三人の同世代の女性が作った映画だ。初長編『左様なら』(2018年)が大阪アジアン映画祭に入選し、長編2作目『朝がくるとむなしくなる』(2023年)が大阪アジアン映画祭JAPAN CUTS AWARDを受賞、台湾・韓国でも劇場公開された石橋夕帆の長編3作目だ。脚本の上村奈帆は『市子』(2023年)で高い評価を得た脚本家だ。この組み合わせが生んだのは、30代女性の閉塞感と初恋の記憶という、説明しやすいようで説明しにくい題材を、静かに丁寧に扱う映画だった。
■退職と実家帰還という出発点
東京で働く32歳の美咲(岡本玲)は、10年勤めた会社に居づらさを感じて退職し、将来の見通しもないまま実家に帰る。地元で開かれた同窓会に参加した美咲は、学生時代の初恋相手が2年前に亡くなっていたことを知る。その出来事をきっかけに、美咲の中で止まっていた記憶と感情が呼び起こされていく。この骨格は決して珍しくない。しかし石橋夕帆は、この題材に乗りやすいメロドラマや喪失の感傷を持ち込まない。美咲が感じるのは悲しみというより、自分の人生の地図が突然書き換わるような戸惑いだ。初恋の相手が死んでいたという事実は、美咲が意識していなかった感情の重さを、一気に可視化する。
■岡本玲という等身大
岡本玲は『茶飲友達』(2023年)で主演を務め、ドラマ、CM、舞台と多方面に活躍する女優だ。本作では主人公と同年齢の役柄を等身大で演じている。石橋夕帆の演出が俳優に求めるのは感情の誇示ではなく、感情の手前にある佇まいだ。岡本玲の美咲は、泣くべき場面で泣かない。怒るべき場面で怒らない。ただそこにいる。その「ただそこにいる」という在り方の中に、32歳という年齢が抱える複雑さが自然に滲み出る。TAMA映画祭での上映後、観客から温かい反応があったことは、この演技の質が早くから評価されていたことを示している。
■MDカセットという時代の触覚
本作の細部に石橋夕帆という作家の感性が宿っている。ファミレスでの日常会話、車でのやり取り、そしてMDカセットを置くシーン。MDカセットという具体的な物の存在が、美咲の初恋の記憶を2000年代前後の質感として定着させる。ノスタルジーを煽るための道具ではなく、時代の空気を体積として画面に持ち込む物として機能している。撮影は和歌山県で行われ、地元の「グリーンソフト」というソフトクリームが出演者全員で共有されたという裏話も、この映画の質感の根拠になっている。ロケーションへの誠実さが、美咲の旅に具体的な重さを与えている。
■釜山国際映画祭という評価
本作は第29回釜山国際映画祭ジソク部門に正式出品された。石橋夕帆が渡韓し、釜山の観客の温かい反応と作品への深い質問に感銘を受けたと語っている。韓国の観客が30代日本人女性の物語に共感したという事実は、この映画の主題が国境を越える普遍性を持っていることを示している。10年勤めた会社を辞め、将来の見通しもなく実家に帰り、初恋の相手が死んでいたことを知る。その状況は日本固有ではなく、2020年代を生きる多くの女性の普遍的な経験として届く。
■過去によって傷ついている人を肯定する映画
石橋夕帆監督は「本作が、過去の出来事によって傷ついている人々を肯定する作品」であることを強調している。初恋の相手が死んでいたという事実は、美咲にとって悲劇であると同時に、自分がずっと何かを引きずっていたことへの気づきでもある。その気づきが、美咲の「ひとりたび」を単なる失恋の旅から、自分自身との再会の旅へと変える。石橋夕帆という監督は、傷を癒すことよりも、傷ついていたことを認めることの方を大切にする。それが本作の誠実さだ。初恋は終わっていなかった。ただ行き場を失っていただけだ。その発見が94分の果てに、静かに美咲の中に残る。
監督:石橋夕帆
脚本:上村奈帆
出演:岡本玲、長村航希、坂ノ上茜、岩田奏、石山愛琉、日高七海、里内伽奈、中山求一郎、長友郁真、濱田マリ、原日出子、平田満
主題歌:ん・フェニ「おもうたび」
2024年製作・2026年6月27日公開/日本/94分
配給:MomentumLabo.
第29回釜山国際映画祭ジソク部門正式出品
